アバヤはファッションステートメントになった——UAE女性の黒い衣装に隠された経済
UAEのエミラティ女性が着る黒いアバヤ。一見画一的に見えるこの衣装の中に、ブランド競争、自己表現、そして数千ドルの経済が動いている。
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モール・オブ・ジ・エミレーツを歩くと、黒いアバヤを纏ったエミラティ女性とすれ違う。一見、全員同じ服を着ているように見える。だがもう少し近くで見ると、刺繍の精緻さ、生地の光沢、袖口のデザインが一人ひとり全く違う。
アバヤは「同じ服」ではない。「同じ色のキャンバスに異なる絵を描く」文化だ。
アバヤの変遷
20年前のアバヤは文字通り黒一色の布だった。オーバーサイズで体のラインを隠し、装飾はほぼなかった。2000年代後半から変化が始まる。ドバイのデザイナーがアバヤにスワロフスキー、レース、刺繍、異素材を取り入れ始めた。
現在のハイエンドアバヤは、パリのオートクチュールに匹敵する技術で作られている。手刺繍に200時間以上かけた一着がAED 15,000〜50,000(約63万〜210万円)で販売される。
見えない競争
エミラティ女性のワードローブには平均20〜30着のアバヤがあるとされる。仕事用、カジュアル用、フォーマル用、ラマダン用。場面に合わせて使い分ける。
この「何着持っているか」「どのデザイナーの作品か」が、エミラティ女性同士の社会的シグナルになっている。ブランドロゴが外から見えないアバヤでは、「わかる人にはわかる」微細なデザインの違いが価値を持つ。ルイ・ヴィトンのモノグラムとは逆のアプローチだ。
アバヤ産業の規模
UAEのアバヤ市場はAED 2〜3 billion(約840億〜1,260億円)規模と推定されている。ドバイだけで数百のアバヤブランドが存在し、ソーシャルメディアを通じた販売が急成長している。
InstagramとTikTokがアバヤの「ファッション化」を加速させた。エミラティのインフルエンサーが新作アバヤを紹介し、数時間で売り切れることもある。黒い布の中に、ファストファッションと同じ消費サイクルが回っている。
日本人女性がアバヤに出会うとき
UAEに住む日本人女性がアバヤを着る義務はない。ドバイでもアブダビでも、外国人女性の服装は比較的自由だ(ただし露出の多い服装は公共の場で避けるのがマナー)。
だが在住が長くなると、アバヤを仕立てる日本人女性もいる。「一枚の黒い布でこんなに表現できるのか」という発見がきっかけになることが多い。
ソーシャルメディアでは「アバヤ着てみた」系のコンテンツが日本人在住者の中でも増えている。観光客向けの土産物ではなく、生活の中の選択肢としてのアバヤだ。
制約が生む創造性
アバヤが面白いのは、「制約が創造性を生む」という原理の生きた事例だからだ。色は黒。形は長い。顔以外を覆う。この制約の中で、デザイナーは生地の質感、カットの角度、刺繍のパターン、裏地の色で差別化する。
俳句が五七五の制約で表現の幅を広げるように、アバヤは「黒い長い布」という制約の中で無限のバリエーションを生み出している。
制約がなければ何でもできるが、何でもできると差別化は難しい。全員が同じキャンバスを使うからこそ、筆致の違いが際立つ。アバヤの経済は、そのパラドックスの上に成り立っている。