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人工島は自然に還ろうとしている——パーム・ジュメイラとザ・ワールドのエントロピー

ドバイのパーム・ジュメイラは世界最大の人工島だ。だがこの島は完成した瞬間から沈み始め、波に削られ、自然に戻ろうとしている。人工物の宿命について。

2026-05-20
人工島不動産インフラ自然

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上空からドバイを見ると、海にヤシの木の形をした島が浮かんでいる。パーム・ジュメイラだ。全長約5kmの「幹」から17本の「葉」が伸び、三日月型の防波堤が島を囲む。2006年から入居が始まり、約10,000世帯が暮らしている。

この島は、完成した瞬間から壊れ始めている。

砂で島を作るということ

パーム・ジュメイラはペルシャ湾の海底から浚渫(しゅんせつ)した砂を積み上げて作られた。約1億立方メートルの砂と700万トンの岩石。セメントや鉄骨で固めたのではない。砂を水中に吹き込み、自重で沈降させ、形を作った。

砂は液体のようにふるまう。波、潮流、地盤沈下によって、人工的に作った形は常に元の平坦な海底に戻ろうとする。エントロピーの法則だ。形を維持するには、永続的にエネルギーを投入し続けなければならない。

沈降と浸食

NASAの衛星画像分析によれば、パーム・ジュメイラは完成後に年間約5mmのペースで沈降しているとされる。微小な数字に見えるが、50年で25cm。建物の基礎や配管に影響が出るレベルだ。

波による浸食も問題だ。三日月型の防波堤(ブレイクウォーター)は波を遮るために設計されたが、完全には防げない。「葉」の先端部分は波のエネルギーを受けやすく、砂の流出が報告されている。

ザ・ワールド——停止した地球

パーム・ジュメイラの沖合に「ザ・ワールド」という別の人工島群がある。300の小島で世界地図を描くプロジェクトだったが、2008年の金融危機で開発が事実上停止した。

島自体は作られたが、建築物はほとんど建っていない。無人の砂の島が海に浮かんでいるだけの状態が10年以上続いた。その間に島同士の隙間が砂で埋まり始め、「世界地図」の輪郭がぼやけてきている。地球の形を砂で作ったら、砂が地球に還ろうとしている。

維持コストという永遠の税金

人工島を「島のまま」保つには、定期的な砂の補充(リノリッシュメント)と防波堤の補修が必要だ。パーム・ジュメイラの年間維持費は公表されていないが、Nakheel(開発会社)が島内の住民から徴収するサービスチャージの一部がこれに充てられている。

住民にとっては「島に住む税金」のようなものだ。家を買って住宅ローンを払い終わっても、島が存在し続けるためのコストは永久に発生する。

砂上の楼閣は比喩ではない

パーム・ジュメイラのヴィラはAED 5million〜50million(約2.1億〜21億円)で取引される。アトランティス・ザ・ロイヤルのスイートは一泊AED 10,000(約42万円)を超える。

その全てが、波と重力に逆らって形を保っている砂の上にある。古代エジプトのピラミッドが5,000年持ったのは、石を積み上げたからだ。砂を積み上げた構造物が同じ時間軸で耐えられるかは、誰にもわからない。

ドバイに住んでいると、人間の意志が自然の法則にどこまで抗えるかを毎日目の前で見ることになる。パーム・ジュメイラは不動産であると同時に、壮大な実験だ。

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