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鷹狩りがパスポートを持つ国——UAEと猛禽類の2,000年

UAEではハヤブサが専用パスポートで国境を越える。アラブ首長国連邦に根付く鷹狩り文化の歴史、現代の姿、そしてなぜこの伝統が国家アイデンティティの核になっているのかを解説します。

2026-05-06
鷹狩りハヤブサUAE文化伝統

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UAEでは、ハヤブサが自分専用のパスポートを持っている。冗談ではない。UAE政府が発行する「ファルコン・パスポート」は正式な渡航文書で、鷹狩り用のハヤブサが国境を越える際に使用される。エミレーツ航空やエティハド航空では、ハヤブサを機内に持ち込める席が用意されている便もある。鳥がパスポートを持ち、飛行機のビジネスクラスに座る国。これがUAEだ。

砂漠の狩猟から国家の象徴へ

アラビア半島の鷹狩り(ファルコンリー)の歴史は2,000年以上前に遡る。ベドウィン(砂漠の遊牧民)にとって、ハヤブサは狩猟のパートナーだった。砂漠では農耕が難しく、ウサギや野鳥を捕らえるためにハヤブサの飛翔速度——急降下時に時速300kmを超える——を利用した。

2010年、アラブ首長国の鷹狩りはユネスコ無形文化遺産に登録された(UAE・サウジアラビア・カタール等18カ国の共同申請)。現代のUAEでは狩猟の実用性は薄れたが、鷹狩りは「砂漠で生きた先祖の知恵」として国家アイデンティティの核に位置づけられている。

現代の鷹狩り産業

アブダビには世界最大級のファルコン・ホスピタル「Abu Dhabi Falcon Hospital」がある。年間1万羽以上のハヤブサを診察する専門病院だ。健康診断、爪の手入れ、羽の修復(インピング)まで行う。観光客向けのツアーも実施しており、入場料は大人170AED(約7,140円)程度。

優秀な血統のハヤブサは1羽あたり数万ドルから数十万ドルで取引される。毎年アブダビで開催される「International Hunting and Equestrian Exhibition(ADIHEX)」ではハヤブサのオークションが行われ、過去には1羽170万AED(約7,140万円)で落札された記録もある。

ドバイの鷹狩りスポット

ドバイやアブダビの砂漠では、観光客向けの鷹狩り体験プログラムが提供されている。砂漠の早朝、鷹匠が腕にハヤブサを載せ、ルアー(疑似餌)を使って飛翔訓練を見せる。料金は1人500〜1,500AED(約21,000〜63,000円)程度で、砂漠サファリとセットになっていることが多い。

在住日本人にとっては、ドバイモールやアブダビのスーク(市場)で鷹狩り用品——革製のフード(目隠し)、手袋、止まり木——が売られている光景が日常の一部になる。ペットショップにハヤブサが並ぶ光景は、日本の感覚とは距離がある。

鷹狩りとラクダレースの共通点

UAEが国家予算で保存する伝統はハヤブサだけではない。ラクダレースも公式競技として維持されており、アル・マルムーム(ドバイ郊外)には全長10kmのラクダ専用レーストラックがある。ラクダの騎手は安全上の理由から、2000年代半ばに人間の子供からロボットジョッキーに切り替えられた。

鷹狩りにしろラクダレースにしろ、「伝統を守る」と言いながら最新技術で効率化している。ハヤブサの繁殖にはAIで血統管理を行い、ラクダの騎手はリモコン操作のロボットだ。伝統の保存と技術の投入が矛盾しない——あるいは矛盾を気にしない——のがこの国の特徴だ。

なぜ国家がここまで鷹狩りに投資するのか

UAEが独立したのは1971年。建国からまだ55年の若い国家にとって、「我々は何者か」を定義するための文化的アンカーが必要だった。石油で急速に近代化した社会の中で、砂漠のベドウィン文化——鷹狩り、ラクダレース、真珠採取——は「変わらないもの」として意図的に保存・投資されてきた。

世界で最も未来的な都市を建設しながら、2,000年前の狩猟術を国家予算で守る。この矛盾のようなものが、UAEという国の輪郭を形作っている、という見方もできる。

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