マジュリスという名の民主主義——UAEの合意形成はコーヒーの席で行われる
UAEには選挙による民主主義はないが、マジュリス(集会所)という合意形成の伝統がある。砂漠の部族社会が育てたこの仕組みは、現代の統治にどう組み込まれているのか。
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UAEは連邦制の立憲君主国で、大統領は7首長国の首長による互選で選ばれる。国民による普通選挙はない。だが「民主主義がない」と断じるのは、西洋の定義を基準にした判断だ。
UAEには「マジュリス」がある。
マジュリスとは何か
マジュリスはアラビア語で「座る場所」を意味する。もともとは部族長の家に設けられた集会所で、部族の構成員が誰でも来て、意見を言い、苦情を伝え、相談ができる場だった。
アラビアコーヒー(ガフワ)とデーツが出される。入口で靴を脱ぎ、床に座る。部族長はすべての話を聞き、判断を下す。この「聞く」という行為自体が統治の正当性を担保する。
部族社会の論理
砂漠の遊牧民社会では、部族長の権威は軍事力ではなく「信頼」に基づいていた。従わない構成員は別の部族に移ればいい。砂漠は広い。つまり部族長は「住民を引き止める」能力で評価された。
マジュリスは、その引き止めのための装置だ。不満を聞き、調停し、資源を配分する。情報のハブであり、苦情窓口であり、裁判所でもあった。
選挙がなくても合意が形成されるのは、このフィードバックループが機能しているからだ。マジュリスで集まった情報は部族長の判断に反映され、判断の結果は次のマジュリスで評価される。
現代のマジュリス
UAEの支配家系は今もマジュリスを開いている。ドバイのモハメド首長やアブダビのムハンマド大統領が定期的にマジュリスを主催し、自国民(エミラティ)が直接陳情や要望を伝える機会がある。
これは儀式ではなく、実効性がある。マジュリスで出された要望がきっかけで住宅政策が変わった例もある。もちろん、すべての要望が通るわけではないが、「声が届く回路」が維持されていること自体に意味がある。
エミラティの人口はUAE全体の約10〜12%に過ぎない。マジュリスはこの少数のエミラティと支配家系をつなぐ専用チャネルであり、外国人労働者には開かれていない。
日本人がマジュリスから学べること
日本の「根回し」に似ている、と指摘する研究者もいる。公式の会議(国会、取締役会)の前に非公式の場で合意を形成する点で構造が同じだ。
違うのは公開性だ。マジュリスは「開かれた場」であり、誰が何を言ったかが可視化される。日本の根回しは「閉じた場」で行われ、誰が何を言ったかは外からは見えない。
UAEに住む日本人がエミラティのビジネスパートナーと付き合うとき、マジュリスの論理を理解していると交渉がスムーズになることがある。結論を急がない。まず座って、コーヒーを飲んで、話を聞く。合意は論理ではなく関係性の上にできる——この感覚は、実は日本人には馴染みやすい。