ドバイを建てた人たちは、ドバイに住んでいない
UAEの建設・清掃・宅配を支える南アジア系労働者の生活実態。ソナプール、労働者専用バス、カファラ制度——豪華な都市の裏側にある見えない都市を描く。
ドバイの超高層ビルを建てたのは、エミラティ(UAE国民)ではない。インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパールから来た出稼ぎ労働者だ。彼らはドバイを建てたが、ドバイには住んでいない。少なくとも、観光客が見る「ドバイ」には。
人口構成という事実
UAEの人口約1,000万人のうち、UAE国籍を持つエミラティは約10〜15%。残りの約85〜90%が外国人だ。
外国人の内訳は大きく二層に分かれる。
上層は欧米系やアラブ系のホワイトカラー。金融、IT、コンサルティングなどの職種で高給を得ている。ドバイマリーナやダウンタウンの高層マンションに住み、ブランチを楽しみ、週末はビーチクラブに行く。観光客が見るドバイの住人は、この層だ。
下層は南アジア・東南アジア系のブルーカラー。建設作業員、清掃員、宅配ドライバー、家政婦、店員——ドバイのインフラと日常サービスを支えている。彼らの生活空間は、観光客の動線から完全に切り離されている。
ソナプール——もう一つのドバイ
ドバイの東部、アル・クオーズやソナプール(Sonapur、ヒンディー語で「黄金の街」)と呼ばれるエリアがある。
ここが労働者居住区だ。何棟もの低層アパートが並び、1部屋に8〜12人が二段ベッドで暮らす。共用のトイレとシャワー、簡易なキッチン。ダウンタウンの煌びやかなビル群からは20〜30km離れていて、観光客がうっかり迷い込むことはまずない。
労働者の移動手段は雇用主が提供するバスだ。早朝、ソナプールから建設現場やオフィス街にバスが出発し、夜に戻ってくる。専用バスで移動するため、一般の公共交通機関(メトロやバス)で労働者を見かけることは少ない。
ドバイメトロにはゴールドクラスとシルバークラスがあるが、この「クラス分け」は収入による自然な棲み分けを制度化したものとも読める。
カファラ制度
UAEの外国人労働者を規定する制度が「カファラ(kafala)制度」だ。
カファラ制度の下では、外国人労働者のビザはスポンサー(雇用主)に紐づいている。転職するにはスポンサーの同意が必要で、スポンサーなしでは国に滞在できない。
これは実質的に、労働者の移動の自由を雇用主が握っていることを意味する。待遇に不満があっても転職が容易ではなく、パスポートを雇用主に預けさせられるケース(法律上は禁止されているが実態として存在する)もある。
UAE政府は近年、カファラ制度の改革を進めている。2021年以降、労働者がスポンサーの同意なしに転職できる制度変更が行われた。ただし、実態として制度の運用がどこまで変わったかは、報告によってばらつきがある。
賃金構造
建設作業員の月給は1,000〜2,000ディルハム(約4万〜8万円)程度。UAEの物価を考えると生活はぎりぎりだ。ただし、住居と食事は雇用主が提供する場合が多い(その質は別として)。
労働者が出稼ぎに来る理由は、母国での賃金との比較だ。インドやバングラデシュの農村部の月収が数千円〜1万円程度の場合、UAE で月4〜8万円稼いで仕送りすれば、家族の生活を大きく改善できる。
ただし、渡航費用の借金が問題になる。多くの労働者は仲介業者(リクルーター)に手数料を払ってUAEの仕事を紹介してもらう。この手数料が数十万円に達することがあり、到着時点で借金を抱えている。最初の数ヶ月〜1年は借金返済のために働く状態になる。
見えない設計
ドバイの都市設計は、この二層構造を「見えなくする」ように作られている。
労働者居住区は都市の外縁に配置され、観光・商業エリアとは物理的に離れている。労働者の移動はバスで行われ、一般市民の動線と交差しない。ダウンタウンの豪華なホテルの清掃を終えた労働者は、バスでソナプールに帰り、宿泊客がその存在を意識することはほとんどない。
これは意図的な都市設計だ。ドバイが売っている商品は「豪華さ」であり、その商品価値を維持するには、豪華さを支えている労働の可視化を避ける必要がある。
レストランの客が厨房を見ないのと同じ構造。ただしスケールが都市規模であり、「見えないようにされている」のが人間だという点が本質的に異なる。
批判と反論
国際人権団体は繰り返しUAEの労働者待遇を批判している。ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルは、労働環境、居住環境、カファラ制度の問題を報告書にまとめている。
UAE政府の反論は「制度改革を進めている」「労働者の権利保護を強化している」というもの。実際に法改正は行われているし、労働裁判所も設置されている。2022年のFIFAワールドカップ(カタールだがGCC全体に注目が集まった)を機に、湾岸諸国全体で労働者待遇への国際的圧力が高まった。
でも構造的な問題は法改正だけでは解消しない。UAEの経済モデル自体が「安い外国人労働力」に依存しており、この依存構造を変えることは経済の根本的な再編を意味する。
知った上で
ドバイを訪れるとき、あるいはドバイに住むとき、この構造を知っているかどうかで見え方が変わる。
ブルジュ・ハリファの展望台から見下ろす景色は壮観だ。でもあのビルの鉄骨一本一本を、40度を超える炎天下で組み上げた人たちがいる。その人たちは今、ソナプールの二段ベッドで明日の始業時刻を待っている。
これを「問題だ」と糾弾するのは簡単だ。でも問題を知った上で、自分がどう行動するかは別の判断だ。ドバイをボイコットしても労働者の生活は良くならない。むしろ経済活動が減れば、彼らの仕事が失われる。
構造を知ること、そしてその構造の中で自分がどこに立っているかを認識すること——それが、豪華な都市の裏側にある見えない都市に対してできる最初の一歩だと思う。