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真珠採りの歴史——石油前のドバイが何で生きていたか

1930年代まで、ドバイの主要産業は真珠採りだった。アラビア湾の海底で命がけで潜った海人たちの世界と、石油発見で一夜にして変わった社会構造の変化を辿る。

2026-04-27
歴史真珠採りドバイUAE文化

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高層ビルとラグジュアリーホテルが立ち並ぶ現在のドバイを見て、「ここに100年前まで何もなかった」とは想像しにくい。しかし1930年代まで、ドバイの経済は主に真珠採りと交易で成り立っていた。石油ではなく、アラビア湾の海底に光る白い粒が、この地域の人々の生計を支えていた。

アラビア湾の真珠産業

ペルシャ湾(アラビア湾)はかつて世界最高品質の天然真珠の産地として知られていた。現在のUAE・バーレーン・カタール沿岸が主な漁場で、その産業は数百年の歴史を持つ。

真珠採りの季節は5月〜10月の夏季。ダウ船と呼ばれる伝統的な木造帆船で漁場へ向かい、ダイバー(غواص / Ghawwas)が素潜りで海底のカキを採取する。1回の潜水時間は30〜90秒程度で、1日に何十回も繰り返す肉体的に過酷な仕事だった。

20世紀初頭、ドバイには毎年1,000〜2,000隻の真珠採り船が出るほどの一大産業で、人口のかなりの部分が直接・間接に真珠産業で生計を立てていたとされる(アラブ首長国連邦博物館のアーカイブ)。

産業崩壊のきっかけ

1920〜30年代、日本の御木本幸吉が商業的な養殖真珠の大量生産に成功し、天然真珠の市場価格が暴落した。アラビア湾の天然真珠は養殖真珠に太刀打ちできず、産業は急速に衰退。同時期に世界恐慌も重なり、真珠採り産業は1930年代中頃までに事実上壊滅した。

この崩壊はドバイを含む湾岸地域に深刻な経済的打撃を与え、多くの家族が貧困に陥った時期とされている。

石油発見という劇的な転換

1958年にアブダビで、1966年にドバイ沖でも石油が発見される。1971年のUAE独立後、石油収入を基盤にした近代化が一気に進み、インフラ・教育・医療に投資された。現在のドバイのGDPに占める石油の割合は数%まで下がり、観光・金融・物流に転換しているが、石油収入が開発の原資になったことは間違いない。

真珠採り文化の今

現在のドバイでは、真珠採りの歴史を伝える文化活動が続いている。アル・ファヒーディ歴史地区(旧市街)には真珠採りの道具・船・生活を展示するコーナーがある。毎年開催される「ドバイ・ショッピングフェスティバル」等のイベントでも伝統文化の継承が意識されている。

「ドバイ・マリン博物館」やドバイクリーク沿いのヘリテージ・ビレッジでは、ダウ船の実物や海人の道具を見ることができる。在住の日本人も「子どもに見せたい」と訪れる場所だ。

真珠採りで生きた先人の記憶と、スカイラインの超高層ビルが同じ地に重なっている——それがドバイの独特な時間の厚みだ。

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