オーストラリアの鉱山労働者は、月に2週間「砂漠に出勤」する
FIFOと呼ばれる勤務形態。2週間砂漠の採掘現場で働き、1週間自宅に帰る。世界最大級の採掘現場が、都市から飛行機で2〜3時間の「別の世界」にある国の話。
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世界最大の鉄鉱石の採掘現場は、パース市内から飛行機で2時間ほどの砂漠にある。そこに「出勤」する人たちがいる。
FIFO(Fly-In Fly-Out)と呼ばれる勤務形態だ。採掘現場が都市から遠すぎて通勤できないため、飛行機で移動し、現場に設けられたキャンプ施設で一定期間生活して、また飛行機で家に帰る。往復の飛行機代と現地の宿泊・食事は雇用主負担だ。
これは特殊な例外ではない。オーストラリアの鉱業調査では、全鉱山労働者の47%がFIFOを利用していると報告されている。
スケジュールの実態
最も一般的なシフトは「2週間勤務・1週間休暇」だ(「2on/1off」と呼ばれる)。この3週間を1スイングと称する。
現場での1日は11時間労働が基本で、休憩を含めると12時間の拘束になる。その代わり、食事・宿泊・移動はすべて提供される。2週間の勤務中、お金を使う場所がないため、キャッシュアウトは最小限だ。
現場のキャンプは、最近の大規模採掘現場では比較的整備されている。Wi-Fi、ジム、食堂、個室が揃っていることも多い。「外に出られない職員宿舎」とでも言うべき生活空間だ。
給与は時間外割増や遠隔地手当を含めると、ユーティリティ作業員(現場補助)で時給AUD33〜35(約3300〜3500円)、熟練オペレーターや技術職になると月収AUD40〜60万円相当に達するケースもある。2週間の勤務中は食費・住居費がかからないため、実質的な可処分所得は高い。
なぜこの形が生まれたか
答えはシンプルで、オーストラリアの地形による。
西オーストラリア州(Western Australia)の鉄鉱石・金・銅・ニッケルの採掘現場の多くは、人口の集中するパース周辺から離れた場所にある。ピルバラ地域(鉄鉱石の一大産地)はパースから北へ約1500km。クイーンズランド州の採掘現場もブリスベンから大きく離れている。
これらの地域に大規模な都市インフラを作るコストは膨大だ。鉱脈が将来的にどれだけ持続するかも不確実な中、新興都市を建設するより「定期的に人を空輸する」方がコスト合理的という判断になる。
比喩として使うなら、大型船の漁船員に近い。漁場に「住む」のではなく、漁場に「行って帰ってくる」。ただし鉄鉱石の採掘は港に帰れないので、かわりに飛行機が船の役割を担う。
生活と心理的なコスト
FIFOには経済的なメリットがある一方、生活上の代償も大きい。
パートナーや子どもと2週間離れる。子どもの運動会や学校行事に行けないことが続く。現場では強制的な「デジタルデトックス」のような状態になる(電波が通じない区域もある)。
長年FIFOで働いた人の心理的健康に関する研究が複数発表されており、孤立感・家族関係の悪化・アルコール依存リスクの上昇が指摘されている。西オーストラリア州政府は2012〜2015年にかけてFIFO労働者の精神保健に関する議会調査を実施した。
こういった問題が可視化される一方、「高収入+生活費ゼロの2週間」を続けることでローンを早期完済したり、早期セミリタイアの資金を貯める手段としてFIFOを選ぶ人も多い。制度の問題というより、個人の選択と覚悟の問題として扱われる文化的傾向がある。
日本人とFIFO
オーストラリアのワーキングホリデービザ保有者の一部もFIFOに近い形で鉱山の補助職に就くことがある。英語力の要件は採掘現場によって異なるが、身体労働メインの補助職(ユーティリティワーカー)はワーホリでも参加できるケースがあり、日本語のブログやSNSでも体験談が複数公開されている。
ただし安全管理が厳格な現場で、資格(ホワイトカード等)や事前研修が必要なことが多い。「高収入ではあるが、誰でも明日から行ける仕事ではない」というのが現実の相場感だ。
もう一つのオーストラリア
観光客がシドニーやメルボルンやゴールドコーストで見るオーストラリアと、鉱山労働者が見るオーストラリアは、物理的に別の国の話だ。
内陸の砂漠で巨大な重機が地面を掘り、そこで取れた鉄鉱石が中国の鉄鋼所に向かい、最終的に世界中のビルや自動車の骨格になる。この流れの起点に、2週間サイクルで出勤する人たちがいる。
オーストラリアの輸出の最大品目が鉄鉱石(2023年時点で輸出総額の24%以上)であることを知ると、あの広大な赤茶色の大地が、少し別の見え方をしてくる。
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