火の農業——アボリジナルの計画焼却が現代オーストラリアの森林管理を変え始めている
2019〜2020年のブラックサマーで焼けた面積は日本の国土の約半分。その後オーストラリアは、6万年以上前からアボリジナルが実践してきた「文化的焼却」に目を向け始めた。
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2019年9月から2020年2月にかけてオーストラリアを襲った「ブラックサマー」の山火事では、約1,860万ヘクタールが焼失した。日本の国土面積(約3,780万ヘクタール)のほぼ半分だ。30億匹以上の動物が死亡または移動を余儀なくされたと推定されている(WWFオーストラリア)。
しかしオーストラリア大陸は6万年以上前から「燃えていた」——人間の手によって。
Cultural Burning(文化的焼却)
アボリジナルの人々は、大陸に到着して以来、意図的に低強度の火を入れてきた。これを「Cultural Burning(文化的焼却)」または「Cool Burning」と呼ぶ。
やり方は現代の計画焼却(Hazard Reduction Burning)とは根本的に異なる。アボリジナルのCultural Burningは以下の特徴を持つ。
低強度・低速: 地表の枯れ草や下層植生のみを焼く。樹冠には火が届かない。温度は200〜300℃程度で、大木を殺さない。
小面積・高頻度: 一度に焼くのは数十〜数百メートル四方。同じ場所を1〜5年サイクルで繰り返す。
季節と風を読む: 風向き、湿度、植生の乾燥度を見て、火を入れるタイミングを選ぶ。知識は口伝で世代を超えて継承されてきた。
なぜ燃やすのか
目的は複数ある。
燃料の除去: 地表に堆積する枯れ葉や枯れ枝(fuel load)を定期的に焼き払うことで、大規模山火事のリスクを下げる。ブラックサマーの火災が壊滅的になった一因は、数十年分の燃料が蓄積していたことだ。
生態系の更新: ユーカリの種子は火で弾けて発芽する。バンクシアの実も同様だ。オーストラリアの植生は火を前提に進化しており、適度な火入れがないと逆に生態系が劣化する。
狩猟: 焼いた後に新芽が出ると、カンガルーやワラビーが集まる。焼却跡は事実上の「罠」として機能する。
現代への応用
ブラックサマー以降、連邦政府と各州政府はアボリジナルのCultural Burningを正式な森林管理手法として取り入れる動きを加速させている。
ビクトリア州のDepartment of Environment, Land, Water and Planning(DELWP)は、アボリジナルのレンジャー(先住民族の土地管理者)と連携したCultural Burning プログラムを実施している。ニューサウスウェールズ州でも同様のプログラムが始まっている。
ただし課題もある。Cultural Burningの知識は特定のコミュニティ・特定のランドスケープに紐づいており、「マニュアル化して全国展開」できるものではない。都市近郊では煙害の問題もあり、住宅地に近い場所での実施は住民の理解が必要だ。
6万年の実験データ
科学的な計画焼却の歴史は数十年だが、Cultural Burningのデータは6万年分ある。世界最長の生態学的実験と言えるかもしれない。オーストラリアが山火事の国であり続ける限り、この知識体系の価値は増し続ける。