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引っ越すたびに数百万円かかる税金——印紙税がオーストラリア人を家に縛りつけている

家を買うときに一度だけ払う印紙税。この一回きりの税が、州の税収の2割以上を支え、同時に人々が住み替えることを止めている。移動を課税する国で起きていること。

2026-10-05
税金不動産経済オーストラリア

この記事の日本円換算は、1AUD≒113円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨(AUD)の金額を基準にしてください。

オーストラリア連邦財務省が2015年に出した税制討議文書に、経済学者以外はあまり見ない数字が載っています。住宅に課される印紙税(stamp duty)は、1ドルの税収を生むために、経済全体に70セント以上の損失を発生させる。

税金は多かれ少なかれ経済活動を歪めます。ただ、集めた額の7割が消えるというのは、税としてかなり極端な部類です。それでもこの税は廃止されていません。それどころか、州政府の自主財源のうち2割前後、年度によっては税収全体の4分の1超をこの一種類が占めています。

非効率だと分かっている税を、州がやめられない。この構図が、オーストラリアの住宅市場と労働市場の両方に影を落としています。

「取引」に課税するとどうなるか

印紙税は、不動産を買ったときに一度だけ払う税です。税率は州によって異なりますが、100万AUD(約1億1,300万円)前後の物件なら、数万AUDの単位になります。物件価格の数パーセントです。

ここで重要なのは、課税対象が「保有」ではなく「取引」だという点です。同じ家にずっと住んでいる人は一切払いません。引っ越した人だけが払います。

これは物理でいう摩擦係数に近い性質を持っています。静止しているものには何も課されず、動こうとした瞬間に抵抗が発生する。しかも抵抗の大きさは、動く距離ではなく物件の価格に比例します。

摩擦が生む三つの帰結

第一に、住み替えが減ります。

家族構成が変わっても、いまの家が広すぎても狭すぎても、引っ越すには数万AUDの税が発生する。だったらこのまま住み続けようという判断になります。結果として、子どもが独立した夫婦が5ベッドルームの家に住み続け、子育て世帯が2ベッドルームに詰めこまれる、という配分の不一致が固定化します。住宅が足りないのではなく、必要な人のところに行き渡っていない状態です。

第二に、労働移動が鈍ります。

仕事が別の都市にある。給料は上がる。でも家を買い直すなら印紙税がかかる。この計算が、転職や転居のハードルを上げます。経済学的にいえば、労働力が生産性の高い場所へ移るのを妨げている。州ごとに制度も休日もバラバラなこの国で、州を越える移動にさらに一枚の壁が加わっている形です。

第三に、州の財政が不安定になります。

印紙税は不動産取引の件数と価格に連動します。市況が良ければ税収は膨らみ、冷え込めば一気に落ちる。州政府は、最も支出が必要になる不況期に、最も税収が減る構造を抱えていることになります。

それでもやめられない理由

問題が広く認識されているのに転換が進まないのは、移行期間の穴のせいです。

代替案としてよく挙がるのは、印紙税を廃止して、保有に対する土地税(land tax)を毎年徴収する形に切り替えるというものです。摩擦をなくして、代わりに保有し続けることに小さなコストをかける。経済学的には筋が通っています。

ただ、切り替えた瞬間に問題が生じます。すでに印紙税を払い終えた人は、これから毎年の土地税も負担することになる。二重払いです。一方で、切り替え直後に買った人は印紙税を免れる。世代間の不公平が避けられません。

さらに州側の問題として、印紙税の収入が止まってから土地税が積み上がるまでの数年間、税収に大きな穴が空きます。ACT(首都特別地域)はこの移行を20年かけて段階的に進めるという方法を選びましたが、20年という時間軸は、選挙のサイクルを何度もまたぎます。

在住者としてどう扱うか

実務的な観点でいえば、「家を買う回数を減らす」ことが最も効く対策になります。

数年で引っ越す可能性が高いなら、購入より賃貸のほうが総コストで有利になるケースがあります。印紙税は買った瞬間に発生し、売るときには戻ってこない。短期保有ではこの固定費を価格上昇で回収できない可能性が高くなります。

州によっては初回購入者向けの減免制度があります。金額の上限や居住要件があるので、購入を検討する段階で州の歳入当局(state revenue office)の最新の条件を確認する価値があります。制度は予算ごとに変わるため、数年前の情報は当てになりません。

競売で家を買う文化が根付いているこの国では、落札価格に気を取られがちですが、印紙税を含めた総額で予算を組んでおかないと、契約後に資金が足りなくなることがあります。

動かないことに報酬を出す設計

税制は、何に課税するかで人々の行動を静かに書き換えます。

タバコに課税すれば喫煙は減る。これは意図された効果です。では、引っ越しに課税すればどうなるか。引っ越しが減る。こちらは意図されていない効果ですが、メカニズムは同じです。

オーストラリアの印紙税は、19世紀に文書へ印紙を貼らせることから始まった制度が、不動産の高騰によって主要財源に育ってしまったものです。設計思想があって選ばれたというより、便利だったから残った。

在住者として家を探すとき、この税は単なる初期費用の一項目に見えます。ただ、この国で「家を買ったらあまり動かない」という行動様式が広く見られるのだとしたら、その一部は文化ではなく、税制がつくった摩擦なのかもしれません。制度が人を形づくるという見方も、できなくはないと思います。

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