ユート(荷台付き車)はオーストラリアの階級シンボルだった
オーストラリアで最も売れる車はSUVではなくユート(ピックアップトラック)だ。この事実が示す労働者文化とアイデンティティの話。
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オーストラリアで最も売れる車のランキングを見ると、毎年上位を占めるのはトヨタ・ハイラックスやフォード・レンジャーといったユート(ute、ピックアップトラック型の車)だ。SUVでも乗用車でもなく、荷台付きのトラックが最も愛されている。
なぜか。この答えはオーストラリアの労働者文化とアイデンティティの話でもある。
ユートとは何か
ユート(ute)は「utility vehicle(実用車)」の略で、オーストラリア・ニュージーランド独自のスラングだ。運転席の後ろに荷台がついたトラック型の車で、日本でいうとトヨタ・ハイラックスやいすゞ・D-MAXがその代表格だ。
2025年のオーストラリア新車販売台数統計(連邦商工観光省および業界団体VFACTSのデータ)によると、上位10車種中にユートが複数入っており、特にハイラックスは複数年にわたり首位を維持している。
農業・建設業との深い結びつき
オーストラリアの国土は日本の約20倍。農業・牧畜・鉱業・建設業が経済の大きな部分を占めており、未舗装路を走れる高い車高、重い資材を積める荷台、牽引能力を持つユートは実用的な必需品だ。
農場主が牧草の袋を積んで移動する。建設作業員が工具を荷台に乗せて現場に向かう。鉱山労働者が乾燥した赤土のダートロードを走る。これらの日常でユートは機能的に優れている。
都市部でも売れる理由
問題は、ユートが農村部だけでなく都市部でも売れていることだ。シドニーやメルボルンのCBD周辺でも、巨大な荷台付きのピカピカのユートが路上に並ぶ。明らかに荷台は使わない。
これは「実用」から離れた「アイデンティティ」の話だ。ユートを乗ることは、ブルーカラー(労働者階級)の連帯感や「泥臭く稼いでいる自分」のアイデンティティと結びついている。日本のミニバンやSUVが家族の幸福イメージと結びついているように、オーストラリアのユートは「骨太な働く男(女)」のイメージと結びついている。
価格は全然庶民的でない
ユートは安い車ではない。ハイラックスの新車価格はスペックにより約AUD45,000〜70,000(約432〜672万円)する。ローンを組んで購入する人が多く、月々の支払いはAUD1,000〜1,500に及ぶケースもある。
政府のグリーン車政策(EVへの補助金・ガソリン車への課税強化)が進む中、ユートの多くはまだガソリン・ディーゼルエンジンだ。排気量が大きく燃費も悪いが、「脱炭素の流れに逆らっている」と批判されても、ユートの人気が落ちない。
電動ユートの登場
その文脈で注目されるのが電動ユートの登場だ。フォード・レンジャーのEV版、そして様々なメーカーが電動ピックアップ市場に参入しつつある。
アメリカのフォード・F-150ライトニングやリビアンR1Tがその先例だが、オーストラリア市場への展開はまだ始まったばかりだ。EV化がユートのアイデンティティをどう変えるか(あるいは変えないか)は、今後の文化的な見どころでもある。
日本人から見たユート文化
日本人がオーストラリアに来てユートを目にすると、最初は「でかすぎる」と感じることが多い。駐車場での取り回し、狭い路地での運転は確かに難しい。
でもそのでかさ自体が、オーストラリアのスケール感を体現している。広大な大陸で、土地もたっぷり使って暮らす。車のサイズはその哲学の表れだという見方もできる。郊外のハードウェアショップの駐車場に並ぶユートの列は、オーストラリアらしいワンシーンだ。