ひとつの国に二つの法体系——カナダの法律が「四つの読者」に向けて書かれている理由
ケベックは大陸法、他州はコモンロー。連邦法はこの二つと二言語の組み合わせ、つまり四通りの読者に同時に通じるよう起草される。この作業の困難さが、カナダという国の形を説明する。
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カナダの連邦法を起草する人は、四種類の読者を同時に想定しなければなりません。
英語のコモンロー法律家、フランス語のコモンロー法律家、英語の大陸法法律家、フランス語の大陸法法律家。この四通りです。
言語が二つある国は珍しくありません。しかしカナダの場合、言語の分割線と法体系の分割線が別々に走っている。掛け算になるため、四つになります。
大陸法が生き残った州
カナダの私法(財産・契約・家族など、私人間の関係を規律する法)は、ケベック州だけが大陸法(civil law)です。他の州と準州はコモンローを採用しています。
起源は1774年のケベック法(Quebec Act)にあります。征服前に適用されていた「財産と市民的権利」に関する法の原則が明示的に回復され、一方で公法の領域にはコモンローの原則が保持された。この時点で二重構造が生まれました。
つまりケベックでは、公法はコモンロー系、私法は大陸法系という混成になっています。刑法は連邦管轄でカナダ全土共通ですが、契約や相続は州ごとに異なる体系で動く。
二つの体系は「同じことを別の順序で」考える
大陸法とコモンローの違いは、しばしば「成文法か判例法か」と説明されます。この説明は間違いではありませんが、実務上の差はもっと深いところにあります。
大陸法は、まず体系的な法典を置き、個別の事案をその体系のどこに当てはまるかで解決します。演繹です。
コモンローは、過去の判決の集積から原則を抽出し、新しい事案を既存の判決と比較して解決します。帰納です。
生物の分類に、リンネ式の階層分類と、系統樹による近縁関係の整理があるのと似ています。どちらも同じ生物を扱いますが、思考の方向が逆です。
起草チームが二人体制になった
この二重構造に対して、カナダ連邦政府は具体的な対処をとっています。
1978年以降、連邦の法案と規則は、二人の法律家のチームによって起草されるようになりました。英語話者(通常はコモンロー法律家)とフランス語話者(多くは大陸法法律家)が組む。
翻訳ではありません。両方の言語版が同時に、それぞれ正文として起草される。どちらかが原本でどちらかが訳文という関係にしない。
さらに、連邦法・大陸法調和法(Federal Law-Civil Law Harmonization Act)が解釈法(Interpretation Act)を改正し、カナダの法体系二元性を明示的に認め、財産と市民的権利に関する州法が連邦法を補充的に適用するという枠組みを定めました。
用語が一対一に対応しない問題
実務上の難しさは、概念が対応しないところに集中します。
たとえばコモンローのtrust(信託)は、法的所有権と受益権を分離するという発想の上に成り立っています。大陸法には、この分離を前提とした所有権概念がありません。
同じ単語を使うと誤解が生まれ、別の単語を使うと体系のどちらかに属することになってしまう。連邦法の条文には、両方の体系で読める表現を探した痕跡が残ります。
住む人にとって何が変わるか
ケベックに住むか他州に住むかで、日常の法律関係が変わります。
賃貸借の扱いは大きく違います。ケベックではTribunal administratif du logementという専門機関が住宅関係の紛争を扱い、他州とは手続きも用語も異なります。オンタリオ州の賃貸借法の知識は、そのままケベックには使えません。
婚姻の財産関係、相続、遺言の方式も体系が違います。ケベックでは公証人(notaire)が大陸法系の公証人として広い役割を持ち、他州のnotary publicとは職能が同じ名前ではありません。
州をまたいで引っ越す場合、資格の相互承認の問題と同じく、前の州の常識が通用しない領域があると考えておいたほうが安全です。
統合しないことで維持された国
効率だけを考えれば、私法を全国統一したほうがいい。裁判の予測可能性も上がり、法律家の育成コストも下がる。
それをしなかったことが、カナダという国の成立条件でした。ケベックの言語法と同じ構造です。中央が統一を求めなかったから、統一を拒む地域が国に留まった。
四つの読者を想定して条文を書く。この手間は、非効率の代価ではなく、統合の代わりに支払っている費用なのかもしれません。法律の文章の書きにくさが、国の成り立ちを説明してしまう例は、そう多くありません。