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「すみません」が法的に安全な国——カナダのApology Actが変えたもの

カナダでは「I'm sorry」と言っても法的な過失の承認にならない。Apology Act(謝罪法)が存在する国で、謝罪はどう機能しているのか。

2026-05-20
法律謝罪文化カナダ人

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カナダ人は「Sorry」をよく言う。ぶつかられた側がSorryと言い、ドアを開けてもらった側も開けた側もSorryと言う。これは国民性の話として消費されがちだが、法律の話でもある。

Apology Actとは何か

2009年、オンタリオ州でApology Act(謝罪法)が施行された。ブリティッシュ・コロンビア州では2006年にすでに成立しており、現在はカナダの大半の州・準州で類似法が存在する。

内容はシンプルだ。「謝罪は、民事訴訟において過失の承認とみなされない」。

つまり、交通事故で「I'm sorry」と言っても、それが法廷で「非を認めた証拠」として使われることはない。アメリカでは多くの州で謝罪が過失の推認に使われうるため、弁護士は「事故現場で絶対にSorryと言うな」と指導する。カナダはその逆を法律で定めた。

なぜ法律が必要だったのか

カナダ人がSorryをよく言うのは事実だが、Apology Actの目的は「カナダ人がSorryを言いやすくする」ことではない。医療過誤訴訟の文脈から生まれた法律だ。

医療事故が起きたとき、医師が患者に謝罪したくても、「法廷で不利になる」という理由で弁護士が止める。患者は「謝罪もない」と怒り、訴訟が泥沼化する。謝罪が法的リスクにならないようにすれば、早期の和解や対話が促進される——これが立法の動機だ。

日本人にとっての意味

日本人は謝罪に抵抗が少ない。「すみません」は挨拶代わりだ。カナダに来ると、似た感覚の社会に出会って安心する人が多い。

ただし微妙な違いがある。日本の「すみません」は「あなたに迷惑をかけてしまった」という関係性の修復だ。カナダの「Sorry」は「不快な状況が発生したことへの遺憾」に近い。自分に非がなくても言う。エレベーターで体が近づいただけでSorry。道を尋ねられてわからなくてもSorry。

Sorryの裏にあるもの

移民国家で、文化的背景が全く違う人間同士が日常的にすれ違う。そのとき、摩擦を最小化するための潤滑油として「Sorry」が機能する。中身がなくてもいい。音として発することで「私はあなたに敵意がない」というシグナルになる。

面白いのは、この潤滑油を法律で保護したことだ。「Sorryと言っても大丈夫」を法的に保証することで、社会の摩擦係数を制度的に下げている。

日本では「空気を読む」が非言語の潤滑油になる。カナダでは「Sorry」が言語の潤滑油になる。どちらも目的は同じだが、手段が可視化されているかどうかが違う。可視化されている分だけ、外国人にとってカナダの社交ルールは参入しやすい。

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