葉が赤くなるのは老化ではなく、木が作っている色だ——カナダの秋の科学
カナダの紅葉が鮮烈な赤になるのには、樹種と気候の条件がある。葉が色を変える仕組みと、9月から10月にかけて色が北から南へ移動していく現象を読む。
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紅葉の赤は、葉が枯れていく色ではない。木がその時期に、エネルギーを使って新しく合成している色素の色だ。捨てる予定の器官に、最後の投資をしている。
カナダ東部の森が赤くなる数週間の色の飽和度は、写真では再現されない。実際に立つと、日本の紅葉とも違う質があることがわかる。
黄色と赤は、成り立ちが違う
葉が緑なのは、光合成をする色素——クロロフィル——があるからだ。秋になり、日照時間が短くなり気温が下がると、木は葉への投資を打ち切り、クロロフィルを分解して栄養分を回収する。
このとき、緑が薄れて別の色が現れる。黄色やオレンジの色素は、実は夏の間も葉の中にあった。緑に隠れて見えなかっただけだ。だから黄色は「露出する色」と言える。
赤は違う。赤い色素(アントシアニン)は、秋になってから新しく合成される。木がエネルギーを使って、葉が落ちる直前にわざわざ作る。
なぜ、捨てる予定の葉に投資するのか。この問いには複数の仮説がある。強い光から葉を守り、栄養の回収を最後まで進めるためだという説。害虫に対する信号だという説。決着していない部分が残っている。
工場の閉鎖に例えると分かりやすい。設備を撤去する前に、使える部品を全部回収したい。そのあいだ、作業を続けるための照明代を払う。赤い色素は、その照明代に当たるという説明になる。閉鎖作業のためのコストであって、閉鎖そのものの色ではない。
鮮やかさを決める条件
紅葉の質は、年によってかなり変動する。良い年と悪い年がある。
条件として語られるのは、晴れた日中と、氷点下にならない程度の冷えた夜の組み合わせだ。日中に光合成で作られた糖が、夜の冷え込みで葉から出にくくなり、その糖が赤い色素の材料になる、と説明される。
逆に、曇りが続く、夜が暖かい、早い時期に強い霜が降りる、夏に極端な乾燥があった、といった条件では色が鈍る。
だから「今年の紅葉は良い」「今年は今ひとつ」という会話が、毎年カナダで交わされる。天候の記録が、そのまま森の色として表示される。
色は北から南へ動く
紅葉は、緯度と標高に沿って進行する。北のほうが先に色づき、南へ向かって時期がずれる。標高の高い場所が先に色づき、低地が後になる。
つまり紅葉は、静止した現象ではなく、地図上を移動する波だ。カナダの東部では、この波が9月の後半から10月にかけて南下していく。
この性質があるため、「見頃を追いかける」という旅行の仕方が成立する。北で見逃しても、南で間に合う。逆に言えば、特定の場所の見頃は短い。ピークは1〜2週間程度で、強い風雨があれば一気に終わる。
各州の観光当局や公園当局が、紅葉の進行状況を公開していることがある。出かける前に確認すると、空振りが減る。
そして、この国の東西の長さを考えると、「カナダの紅葉の見頃」という言い方には意味がない。緯度と経度と標高の組み合わせで、同じ週に真っ赤な森と真緑の森が国内に併存している。
カエデという属の多様性
カナダの秋の赤といえばカエデだが、カエデには多くの種があり、色づき方が違う。
種によって、赤くなるもの、黄色くなるもの、オレンジに寄るものがある。だから森全体を見ると、単色ではなく複数の色が混ざる。針葉樹の常緑が混じることで、赤と緑の対比が生まれる。
日本の紅葉が寺社の景観と組み合わさって鑑賞されるのに対し、カナダの紅葉は森の規模で展開する。人工物のない、地平線まで続く色の面。この体験の質は、日本の紅葉とは別のものだ。
メープルシロップとは季節が逆
カナダのカエデといえばメープルシロップだが、その採取は秋ではない。樹液が動くのは、冬の終わりから春先にかけて、夜間の氷点下と日中のプラス気温が交互に来る時期だ。
秋のカエデは色を作り、春のカエデは樹液を出す。同じ木が、一年のうちに二つの異なる仕事で人の注目を集める。しかも、どちらの現象も「日中と夜の温度差」という同じ条件に依存している。木は同じ物理に、季節ごとに別の応答をしている。
9月の楽しみ方
9月後半は、カナダ東部の紅葉が始まる時期にあたる。まだ緑が多く、色づき始めた木が混ざる段階だ。
この時期の良さは、混雑が本格化する前だという点にある。ピークの週末は、有名な観光地の道路が渋滞する。少し早めに、まだ色が混ざっている段階の森を歩くほうが、静かに過ごせる。
服装は難しい時期になる。日中は半袖でいられる日があり、朝晩は上着が要る。重ね着で調整するのが現実的な解になる。
都市の中の紅葉
遠出しなくても、カナダの都市には街路樹と公園がある。住宅街の並木が色づく光景は、観光地の森とは違う日常の風景として悪くない。
通勤路の木が日ごとに色を変えていくのを見ていると、季節が動く速度が体感できる。カナダの秋は短い。この色が消えたあとに来るのは、長い冬だ。
だからこの数週間、多くの人が屋外に出る。同時に、家の側の準備も始まる。歩道の除雪道具を買い、車のブロックヒーターを確認する。紅葉を見に行く週末と、冬支度をする週末が同じ月に重なる。夏の名残と冬の予告が同時にある時期を、カナダの人はよく知っている。