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牛乳が袋で売られている国——カナダ東部の「ミルクバッグ」と供給管理という仕組み

カナダ東部では牛乳がビニール袋で売られる。Supply Managementという乳製品の供給管理制度がカナダの食品価格と農業政策にどう影響しているかを在住者目線で解説。

2026-05-16
牛乳食文化供給管理農業政策

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オンタリオ州のスーパーマーケットで牛乳を買おうとすると、棚にビニール袋が並んでいる。4リットル分の牛乳が3つの袋に分かれて入っている。袋を専用のピッチャーにセットし、角をハサミで切って注ぐ。

初めて見たときは冗談かと思うが、オンタリオ州・ケベック州・大西洋岸諸州ではこれが標準的な牛乳の販売形態だ。BC州やアルバータ州ではカートン(紙パック)やジャグ(プラスチック容器)が主流で、ミルクバッグは見かけない。

同じ国の中で牛乳の容器が違う。この小さな違いの背景には、カナダの食品流通の歴史と、もっと大きな農業政策の話がある。

なぜ袋なのか

ミルクバッグは1970年代にカナダがメートル法に移行した際に普及したとされる。ガロンやクォートの容器を作り直すよりも、フレキシブルな袋の方がリットル表記に対応しやすかった。プラスチックの使用量はカートンやジャグより少なく、環境負荷が低いとも言われる。

東部で定着した一方、西部では普及しなかった。物流の違い、乳業会社の戦略、消費者の好みが重なった結果だ。

Supply Management——カナダ独自の制度

カナダの牛乳が高い理由は、ミルクバッグではなくSupply Management(供給管理制度)にある。

この制度は、乳製品・鶏肉・卵の3品目について、国内生産量を需要に合わせて制限し、輸入に高関税をかけ、価格を政府が設定する仕組みだ。1970年代から続いている。

酪農家はProduction Quota(生産枠)を持っており、この枠なしには牛乳を商業生産できない。枠は売買可能で、1頭分の枠が$30,000〜$40,000(約336万〜448万円)で取引されることもある。新規参入のハードルは極めて高い。

消費者への影響

Supply Managementの結果、カナダの乳製品価格はアメリカの2〜3倍になることがある。牛乳4リットルが$6〜$7(約672〜784円)程度。バターは$5〜$7(約560〜784円)。チーズも高い。

アメリカとの国境に近い地域に住む人の中には、「ミルクラン」——アメリカ側のスーパーで乳製品をまとめ買いして持ち帰る——をする人もいる。ただし個人輸入の免税枠を超えると関税がかかる。

政治的に壊せない制度

Supply Managementは政治的にタブーに近い。ケベック州とオンタリオ州に酪農家が集中しており、この2州は連邦選挙の議席数が多い。どの政党もSupply Managementの廃止を口にしない。

USMCA(旧NAFTA、米国・メキシコ・カナダ協定)交渉でアメリカはカナダにSupply Managementの開放を求めたが、カナダは限定的な市場開放にとどめた。酪農家への補償金として連邦政府は数十億ドルを計上している。

消費者は高い乳製品を買い続け、酪農家は安定した収入を得る。新規参入はできない。この構造を「農家の保護」と見るか「消費者への負担転嫁」と見るかは、カナダ人の間でも意見が分かれるテーマだ。

ミルクバッグを初めて見た時の「なんだこれ」という感覚は、カナダの食品政策の深い世界への入り口になっている。

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