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チャーチルのシロクマ——「世界のシロクマの首都」で暮らすということ

マニトバ州チャーチルは人口約900人の町にシロクマが歩いて入ってくる。野生動物との共存を強いられる小さな町の暮らしと観光産業を紹介します。

2026-05-04
シロクマチャーチル野生動物

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カナダのマニトバ州チャーチル(Churchill)は、人口約900人。最寄りの都市ウィニペグから車では行けません。道路が通じていないからです。鉄道で約2日、または小型飛行機で約2時間半。この極北の小さな町が「Polar Bear Capital of the World(世界のシロクマの首都)」と呼ばれています。

毎年10月〜11月、約900頭のシロクマがチャーチル周辺に集まってきます。町の人口とほぼ同じ数です。

なぜチャーチルにシロクマが集まるのか

ハドソン湾の西岸に位置するチャーチルは、シロクマの季節移動ルート上にあります。

シロクマは冬場、凍結したハドソン湾の海氷の上でアザラシを狩ります。夏場は海氷が溶けるため陸に上がり、ほとんど何も食べずに海氷が再凍結するのを待ちます。

チャーチル周辺はハドソン湾で最も早く海氷が形成される地点のひとつです。シロクマたちは海氷の形成を待って海岸沿いに集まり、その途中でチャーチルの町を通過するのです。

10月下旬〜11月中旬がピークシーズン。この時期、シロクマは飢えていて(夏の間4〜5か月絶食している)、海氷を待つ間に町の近くをうろつきます。

町の防衛システム

チャーチルには「Polar Bear Alert Program」という独自のシステムがあります。マニトバ州天然資源省が運営しており、人間とシロクマの衝突を防ぐための仕組みです。

24時間ホットライン: 町内でシロクマを目撃したら、専用の電話番号(675-BEAR)に通報する。レンジャーが現場に急行し、クマを町から追い出す

Polar Bear Jail(シロクマ刑務所): 町に何度も侵入するクマや、攻撃的なクマは一時的に「D-20 Compound」と呼ばれる施設に収容されます。コンクリートの独房が28室あり、クマは海氷が形成されるまでここで過ごします(餌は与えず、水のみ)。海氷ができたらヘリコプターで町から離れた海岸に空輸される

ハロウィンのパトロール: チャーチルのハロウィン(10月31日)はシロクマシーズンの真っ只中。子どもたちがTrick-or-Treatに出かける際、武装したレンジャーが巡回パトロールを行います

車のドアは施錠しない: チャーチルの住民の間では、車のドアを施錠しない慣習があります。シロクマに遭遇した人が、最も近い車に飛び込んで避難できるように。この慣習は条例ではありませんが、地域の暗黙のルールとして守られています。

観光産業

シロクマ観光はチャーチルの経済の柱です。シーズン中は約10,000人の観光客が訪れます(町の人口の10倍以上)。

ツンドラ・バギー: 大型の特殊車両でツンドラを走り、シロクマを安全に観察する。Natural Habitat Adventures、Frontiers North Adventures等のツアーが有名。料金はツアーの内容により$4,000〜$10,000(約448,000〜1,120,000円)程度(数泊の宿泊・食事込み)

チャーチルの宿泊施設: 町のホテルやロッジは限られており、シーズン中は数か月前に予約が埋まります。1泊$200〜$500(約22,400〜56,000円)

観光収入は町の経済にとって不可欠ですが、同時にシロクマへのストレスという課題もあります。ツンドラ・バギーの数や走行ルートには規制がかけられています。

気候変動の影響

チャーチルのシロクマは、気候変動の「炭鉱のカナリア」と呼ばれています。

ハドソン湾の海氷の形成が遅くなり、融解が早くなっている。これはシロクマがアザラシを狩れる期間が短くなっていることを意味します。

Environment and Climate Change Canadaのデータによると、ハドソン湾西部の海氷の無氷期間は過去30年で約3週間長くなっています。シロクマは陸上で絶食する期間が延び、体重の減少や出産率の低下が報告されています。

チャーチル周辺のシロクマ個体群(Western Hudson Bay Population)は、1980年代の約1,200頭から2021年の推計約618頭に減少しています(マニトバ州天然資源省)。

暮らしの現実

チャーチルに住む人々の生活は、シロクマ観光のイメージとは異なる厳しさがあります。

孤立: 道路がないため、生活物資は鉄道か航空便で届きます。2017年に鉄道(Hudson Bay Railway)が洪水で不通になった際、チャーチルは数か月にわたって鉄道輸送が断たれ、生活物資の価格が急騰しました。2018年に鉄道が復旧するまで、町は航空便に依存せざるを得ませんでした

気候: 冬場の気温は-30℃〜-40℃に達する。年間の平均気温は-7℃。日照時間は12月で約6時間

経済: シロクマ観光に加えて、夏場のベルーガ(シロイルカ)観光、先住民クリー族のコミュニティ、港湾施設(穀物輸出用)が町の経済を支えています

チャーチルは「野生動物と人間が隣り合わせで暮らす」とはどういうことかを、極限的な形で示している町です。観光パンフレットの美しい写真の裏側には、絶食したシロクマと、それと向き合いながら暮らす900人の日常があります。

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