RCMP(カナダ連邦警察)——国土の75%を管轄する警察組織の役割と論争
カナダの国家警察RCMPは国土の75%、人口の約20%を管轄する独特の組織です。その構造、先住民コミュニティとの関係、論争を解説します。
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赤い制服(Red Serge)に広いつばの帽子(Stetson)。カナダの観光パンフレットでおなじみの「マウンティー(Mountie)」は、実は世界でも珍しい構造を持つ警察組織です。RCMP(Royal Canadian Mounted Police=カナダ王立騎馬警察)は、連邦捜査機関であると同時に、8つの州と3つの準州で地域の警察サービスも提供している。1つの組織が、FBIとお巡りさんの両方を兼ねているようなものです。
RCMPの構造
RCMPは1920年に設立され(前身のNorth-West Mounted Policeは1873年創設)、約2万人の正規隊員と約1万人の文民職員を擁するカナダ最大の警察組織です。
連邦警察としての役割:
- テロリズム、組織犯罪、サイバー犯罪の捜査
- 国境取り締まり、麻薬取締り
- 首相・外国要人の警護
- 国際警察協力(インターポール等)
地域警察としての役割:
- 州・準州との契約に基づく一般的な治安維持(パトロール、交通取り締まり、事件捜査)
- オンタリオ州とケベック州は独自の州警察(OPPとSQ)を持つため、RCMPは連邦事案のみ担当
- 残りの8州と3準州ではRCMPが地域警察を兼務
カナダの国土面積の約75%がRCMPの管轄下にあります。都市部は自治体警察(バンクーバー警察、カルガリー警察等)が担当しますが、小規模な町や農村部、先住民保留地の多くはRCMPが唯一の法執行機関です。
先住民コミュニティとの関係
RCMPと先住民コミュニティの関係は、カナダの社会問題の中でも最も複雑なものの一つです。
歴史的に、RCMPは先住民寄宿学校への子どもの強制連行を執行する役割を担っていました。親の元から子どもを引き離し、寄宿学校に送る——この行為の執行者がRCMP隊員だったという歴史は、先住民コミュニティのRCMPに対する根深い不信感の原因になっています。
現在も問題は続いています。
MMIWG(Missing and Murdered Indigenous Women and Girls): 失踪・殺害された先住民女性と少女の問題。2019年の国家調査最終報告書は、RCMPの捜査における先住民被害者の軽視を指摘しました。先住民女性が行方不明になった場合、捜査の着手が遅れる傾向があるという批判です。
逮捕・拘留の不均衡: カナダの連邦矯正施設の収容者のうち、先住民が占める割合は約32%(2022年、Correctional Service Canada)。カナダの総人口に占める先住民の割合は約5%です。この不均衡は、RCMPを含む司法システム全体の構造的な問題として議論されています。
Wet'suwet'en紛争(2020年): ブリティッシュコロンビア州のCoastal GasLinkパイプライン建設をめぐり、先住民Wet'suwet'en族の伝統的指導者が建設に反対。RCMPが反対派の封鎖を排除するために出動し、全国的な抗議運動に発展しました。
改革の動き
RCMPの組織内部にも問題が指摘されています。
2020年、RCMP元コミッショナーのLucki氏の下で、組織内のシステミック・レイシズム(構造的人種差別)の有無をめぐる議論が起きました。Lucki氏は当初「システミック・レイシズムはない」と発言し、後に撤回。カナダ政府はRCMPの改革を表明しています。
改革案として議論されているのは以下の点です。
- 先住民コミュニティへの独自の警察サービスの移管: 連邦政府は「First Nations Policing Program」を通じて、先住民コミュニティ独自の警察サービスを「必須サービス(Essential Service)」として位置づける法案を検討しています
- ボディカメラの導入: 一部のRCMP管轄区で試験導入が進んでいます
- CBSA(カナダ国境サービス庁)からの独立監視: RCMPに対する外部監視体制の強化
在住日本人とRCMP
日本人がRCMPと関わるケースは多くありませんが、以下の場面で接触する可能性があります。
- 交通違反: RCMPが管轄する地域(バンクーバー郊外のサレー、リッチモンド等はRCMP管轄)での交通違反取り締まり
- 犯罪被害の届け出: RCMPの管轄区域で犯罪被害に遭った場合
- バックグラウンドチェック: 永住権申請やセキュリティクリアランスの取得時に、RCMPによる犯罪経歴照会が行われる
カナダの警察制度は、連邦警察(RCMP)、州警察(OPP、SQ)、自治体警察(各市の警察)の3層構造です。住む場所によってどの警察が管轄するかが異なる点は、日本の警察制度(全国統一)とは大きく違います。
赤い制服の意味
RCMPの象徴である赤い制服(Red Serge)は、通常の勤務では着用しません。正装としてのセレモニーや公式行事で使われます。日常のパトロールは普通の警察制服です。
この赤い制服がカナダの国家的シンボルになっていること自体に複雑さがあります。先住民コミュニティにとっては抑圧の象徴でもある制服が、カナダのナショナル・アイデンティティを代表している。この矛盾をどう受け止めるかは、カナダが現在進行形で向き合っている問いです。