テリー・フォックスを知らないと、カナダ人と話が合わない——義足で走った男の遺産
テリー・フォックスはカナダ人なら全員が知っている。骨肉腫で右足を失い、義足でカナダ横断マラソンに挑んだ22歳の青年。彼の走りがカナダの国民文化になるまでの構造。
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カナダで「最も偉大なカナダ人は誰か」と聞くと、テリー・フォックスという名前が必ず上位に来る。首相でもアーティストでもない。1980年に義足でカナダ横断を試み、143日間で5,373kmを走った後、がんの転移で走ることをやめざるを得なかった22歳の青年だ。
Marathon of Hope
テリー・フォックスは1958年、ブリティッシュコロンビア州ウィニペグ生まれ。18歳のとき骨肉腫(骨のがん)と診断され、右膝上から切断した。病院でがん患者たちの苦しみを見て、がん研究のための募金を決意する。
1980年4月12日、ニューファンドランド州セントジョンズから走り始めた。「Marathon of Hope」と名付けられたこの挑戦は、カナダの大西洋岸から太平洋岸までの約8,000kmを走破し、がん研究のために$1を全カナダ人から集める——つまり当時の人口に合わせて$24 millionを目標とするものだった。
走り方
義足で走るテリーの姿は独特だった。義足側で体を持ち上げ、健脚側で着地する。ぎくしゃくした、しかし止まらないリズム。毎日フルマラソン1回分の42kmを走り続けた。
最初の数週間は注目されなかった。だがメディアが取り上げ始めると、各都市で群衆が出迎えるようになった。走り続けるうちに募金額は急増していった。
9月1日——止まった日
1980年9月1日、オンタリオ州サンダーベイの手前で走りを止めた。がんが肺に転移していた。143日間で5,373km。目標の3分の2を超えた地点だった。
テリーは1981年6月28日、22歳で死去した。彼の死後、Marathon of Hopeの募金総額は$24 millionを超えた。目標達成。
Terry Fox Runという国民行事
毎年9月、カナダ全土でTerry Fox Runが開催される。学校、職場、コミュニティが一斉にウォーキングやランニングで参加する。競争ではない。タイムも順位もない。ただ歩く、あるいは走る。
カナダの小学校では、Terry Fox Runの前にテリーの物語を授業で学ぶ。カナダで育った子供は全員テリー・フォックスを知っている。これは政府が押し付けた教育ではなく、各学校が自発的に続けている文化だ。
累計募金額は$900 million(約1,008億円)を超えている。世界60カ国以上でTerry Fox Runが開催されている。
なぜカナダ人にとって特別なのか
テリー・フォックスがカナダの国民的英雄である理由は、彼が「普通の人」だったからだ。プロアスリートではない。有名人ではない。裕福でもない。地方出身の大学生がただ走り始めた。
カナダという国は、アメリカのような「個人のスーパーヒーロー」を好まない文化がある。テリーの英雄性は、超人的な才能ではなく「やめなかったこと」にある。痛くても、疲れても、注目されなくても、止まらなかった。この「静かな粘り強さ」がカナダ人の自己イメージと重なる。
在カナダ日本人へ
9月のTerry Fox Runに参加すると、カナダ人同僚との距離が縮まる。特にスポーツ経験は必要ない。歩くだけでいい。テリーの名前と物語を知っていること自体が、カナダの文化を理解しようとしている姿勢として伝わる。