カナダで火災保険に入れない地域が増えている——山火事と保険の構造崩壊
2023年のカナダの山火事は史上最大規模で、焼失面積は北海道の2倍以上に達した。保険会社は高リスク地域の引き受けを拒否し始め、住宅が売れなくなる地域が出ている。気候変動が不動産市場を書き換えている。
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2023年、カナダ全土で18万km²以上の森林が焼けた。北海道(約8.3万km²)の2倍以上。ニューヨークやシカゴにまで煙が到達し、オレンジ色の空がSNSに拡散された。だが、煙が消えた後に残った問題は、写真映えしない種類のものだった——火災保険だ。
保険料が5年で3倍に
BC州の内陸部やアルバータ州のフォートマクマレー周辺では、住宅火災保険料が2019年から2024年の5年間で2〜3倍に上昇した。年間保険料が1,500CAD(約168,000円)だったものが4,000〜5,000CAD(約448,000〜560,000円)になったケースが報告されている。
保険料の算定は過去の損害実績に基づく。山火事の頻度と規模が増加すれば、保険会社は当然リスクプレミアムを引き上げる。これは保険数理上の合理的な判断だが、結果として「家はあるのに保険に入れない」住民が生まれている。
保険会社の撤退
一部の保険会社は、高リスク地域の引き受け自体を拒否し始めた。カナダの住宅保険は法的に義務ではないが、住宅ローンを組む場合は銀行が保険加入を条件にする。保険に入れない=ローンが組めない=住宅が売れない、という連鎖が発生する。
アメリカのカリフォルニア州ではState Farmが2023年に新規の住宅保険引き受けを停止したことが大きなニュースになった。カナダでも同様の動きが、より静かに、しかし確実に進んでいる。IBC(Insurance Bureau of Canada)は、2030年までに気候変動関連の保険金支払いが年間200億CAD(約2.2兆円)を超える可能性があると試算している。
「ファイアスマート」という自衛策
保険に入れなくなった地域の住民が取りうる自衛策の一つが「FireSmart」プログラムだ。カナダ政府が推進するこのプログラムでは、住宅の周囲30mの植生を管理し、屋根を不燃材に変え、デッキの下に可燃物を置かないなどの対策を行う。
FireSmartの認証を受けた住宅は保険料が10〜20%割引される場合がある。ただし認証の取得には数千CADの投資が必要で、そもそも森の中に建っている住宅は30m圏内の樹木を伐採するだけでも大工事だ。
住宅価格への影響
山火事リスクは不動産市場にも数字として現れ始めている。ケロウナ(BC州、2023年に大規模火災)周辺の住宅価格は、火災後1年間で周辺地域と比較して5〜10%の下落が見られたとの分析がある。
逆に、山火事リスクが低い都市——大西洋沿岸のハリファックスやセントジョンズ——の住宅に注目が集まり始めている。気候変動による住居の選択肢の再評価は、カナダでゆっくりと始まっている。
煙害という日常
山火事の直接被害を受けなくても、煙害(Wildfire Smoke)は都市部の在住者全員に影響する。2023年6月、トロントのAQI(大気質指数)は一時500を超えた(通常は50以下)。学校は屋外活動を中止し、建設現場は作業を停止した。
バンクーバーでは夏の煙害が「ただの季節」になりつつある。7〜9月にAQIが100を超える日が年間10〜30日。エアコン付き住宅の需要が増えた結果、エアコン工事業者のスケジュールは半年待ちになっている。バンクーバーは「エアコン不要の都市」と言われていたが、その前提は崩れた。
在住日本人が確認すべきこと
カナダで住宅を購入する際、火災保険の見積もりを物件購入前に取るべきだ。物件を買ってから保険に入れないことが判明するケースがある。特にBC州内陸部、アルバータ州北部、オンタリオ州北部で住宅を検討する場合は必須だ。
賃貸の場合はテナント保険(月額30〜60CAD程度)に加入することが一般的だが、山火事による避難時の一時住居費用をカバーするかどうかは契約内容による。ポリシーの「Wildfire」の項目を確認すること。
もう一つ、日本の海外旅行保険や駐在員保険が「山火事による避難」をカバーするかどうかも確認しておきたい。2023年の大規模火災時、保険の適用範囲をめぐるトラブルが複数報告されている。