スイスの宗教改革と「飾らない教会」:ツヴィングリが作った内装の哲学
チューリッヒはカトリックの荘厳な装飾を持たない教会が多い。これは宗教改革者ウルリッヒ・ツヴィングリの影響だ。「シンプルさ」というスイス的審美観がどこから来たかを宗教史から読み解く。
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チューリッヒのグロスミュンスター(大聖堂)に入ると、内部の白っぽい壁と控えめな装飾に驚く人がいる。バルセロナのサグラダ・ファミリアや、ウィーンのシュテファン大聖堂のような豪華な内装を期待してきた観光客には、肩透かし感がある。
これは設計の失敗ではなく、哲学的選択の結果だ。
ツヴィングリの「偶像破壊」
16世紀、チューリッヒの宗教改革者ウルリッヒ・ツヴィングリ(Ulrich Zwingli)は、教会の装飾を「偶像崇拝」として否定した。聖書の言葉にない儀式や、金銀で飾られた礼拝堂は信仰の本質を曇らせるという考え方だ。
1524年、チューリッヒの教会からすべての像や絵画が取り除かれた。これは市民の合意(当時の市議会の承認)に基づいて行われた組織的な行動だった(出典:チューリッヒ市歴史資料)。
カルヴァンとジュネーブ
同時代のジュネーブでは、フランス生まれの宗教改革者ジャン・カルヴァン(Jean Calvin)が改革を主導した。カルヴァンの神学も「神の意志の前では人間の感覚的快楽は排除されるべき」という方向性を持ち、教会の簡素化を推進した。
ジュネーブのサン=ピエール大聖堂は、もともとカトリックのゴシック建築だったが、内部は宗教改革後に大幅に改変された。
シンプルさと機能主義の源流
宗教改革がスイスの審美観に与えた影響は長く続いた。「飾りを排除する」「機能的であることが美しい」という価値観は、スイスのデザイン(国際タイポグラフィ様式、スイスデザイン)、建築(コルビュジェなど)、製品(腕時計、工業製品)に継続して現れるという解釈がある。
ツヴィングリが教会から像を取り除いた1524年から、スイスのグラフィックデザインが「余白と明確さ」を追求した20世紀まで、一本の文化的系譜として見ることも可能だ(歴史的解釈であり確定的ではない)。
カトリックとプロテスタントの地域差
スイスはプロテスタント(改革派)が主にドイツ語圏に広まり、カトリックはイタリア語圏・一部ドイツ語圏(ルツェルン周辺等)に残った。これが文化的に影響し、ルツェルンやティチーノの教会は内部がより彩り豊かだ。
「同じスイスなのに、教会の内装が地域でこんなに違う」という発見は、在住者がスイスを旅行するときの面白い視点の一つになる。
宗教改革の余波が、壁一枚の白さの中に今も残っている。