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スイスのチーズはなぜ「生乳」にこだわるのか——殺菌しない牛乳が生む風味と経済

グリュイエールやエメンタールは無殺菌の生乳(Rohmilch)で作られる。EUが殺菌を義務化する中、スイスが生乳チーズを守り続ける理由と背景。

2026-05-25
チーズ生乳グリュイエール酪農食文化

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スイスのグリュイエール(Gruyère AOP)は、無殺菌の生乳(Rohmilch)で作らなければならない。これは好みの問題ではなく、AOP(原産地呼称保護)の規定だ。殺菌した牛乳で作ったものは「グリュイエール」を名乗れない。

日本のスーパーで売られているチーズの大半は殺菌乳から作られている。EUでも多くの国で殺菌が推奨または義務化されている。なぜスイスは生乳にこだわるのか。

殺菌すると消えるもの

牛乳を72℃以上で15秒加熱する低温殺菌(パスチャリゼーション)は、有害な細菌を殺すが、同時に牛乳に含まれる土着の乳酸菌や酵素も破壊する。チーズの熟成中に複雑な風味を生み出すのは、これらの微生物だ。

生乳チーズは、牛が食べた牧草、標高、季節によって味が変わる。同じグリュイエールでも、夏のアルプ(高地牧場)で作ったものと冬の低地で作ったものでは風味が異なる。これが「テロワール」と呼ばれる土地固有の個性だ。

殺菌乳チーズは品質が安定する代わりに、この個性を失う。スイスは安定より個性を選んだ。

生乳チーズの経済的論理

生乳チーズは殺菌乳チーズより高く売れる。グリュイエールの農家渡し価格は1kgあたりCHF 12〜16(約2,040〜2,720円)。殺菌乳のチーズと比べて30〜50%のプレミアムがつく。

小規模農家が多いスイスでは、大量生産で価格競争するよりも、品質と希少性で単価を上げる方が合理的だ。生乳チーズへのこだわりは文化的なロマンティシズムだけでなく、経済的なサバイバル戦略でもある。

衛生面のリスクと管理

生乳チーズには食中毒のリスクがある。リステリア菌やサルモネラ菌の感染可能性は殺菌乳より高い。妊婦にはソフトタイプの生乳チーズの摂取を避けるよう勧告されている。

ただし、硬質チーズ(グリュイエール、エメンタール、パルミジャーノ等)は長期間の熟成過程で水分が減少し、細菌が生存しにくくなるため、リスクは大幅に低い。スイスの食品安全基準では、生乳チーズの製造に厳格な衛生管理と定期検査が義務づけられている。

スーパーのMigrosやCoopのチーズ売り場で「Rohmilch」の表記を探してみてほしい。殺菌されていない牛乳から、何百年も変わらない方法で作られたチーズが、日用品として棚に並んでいる。それがスイスだ。

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