Kaigaijin
海外在住日本人のメディア
経済・産業

スイスの時計産業はなぜ「正確さ」を売るのか——時間への執着が生んだ経済圏

世界の高級時計の半分以上がスイス製。時計産業の輸出額は年間約CHF 240億。正確さへの執着がどのようにブランド経済を形成したかを読み解く。

2026-05-25
時計産業輸出ブランド経済

この記事の日本円換算は、1CHF≒170円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(CHF)の金額を基準にしてください。

スマートフォンで時刻が確認できる時代に、スイスは年間CHF 240億(約4兆円)以上の機械式時計を世界に輸出している。金額ベースで世界の時計輸出の約50%をスイスが占める。数量ベースでは中国が圧倒的に多いが、金額では桁が違う。

1本CHF 5,000(約85万円)の時計と1本CHF 50(約8,500円)の時計は、時刻を知るという機能において差がない。にもかかわらず、前者の市場は成長し続けている。スイスの時計産業が売っているのは正確さではなく、「正確さの物語」だ。

物語の起源

スイスの時計産業は16世紀、宗教改革に遡る。ジャン・カルヴァンがジュネーブで装飾品を禁止したため、金細工職人たちが技術を時計製造に転用した。華美な装飾は罪だが、精密な機構は労働の成果——この倫理的な抜け穴が、産業の出発点になった。

ジュラ山脈の渓谷で農民たちが冬場の副業として時計部品を作り始め、分業体制が確立される。1本の時計を数百人が分担して作る「エタブリスール」制度は、スイス時計産業の効率性と品質を同時に高めた。

クォーツショックと復活

1970年代、日本のセイコーがクォーツ時計を発表し、スイス時計産業は壊滅的な打撃を受けた。精度で機械式はクォーツに勝てない。スイスの時計メーカーは半数以上が倒産した。

復活の鍵は「精度競争をやめたこと」だった。スウォッチ・グループの創業者ニコラス・ハイエクは、時計をファッションアイテムとしてリブランディングし、同時に高級機械式時計を「テクノロジーではなくクラフトマンシップ」として再定義した。

在住者から見た時計の街

ジュネーブ、ビール/ビエンヌ、ラ・ショー=ド=フォン。これらの街では、時計産業が地域経済の中心だ。ラ・ショー=ド=フォンの街並みはユネスコ世界遺産に登録されており、工場と住居が一体化した都市計画が今も残っている。

時計メーカーの工場見学は予約制で受け付けているところもある。ロレックスやパテック・フィリップは非公開だが、中小のインディペンデント・ウォッチメーカーなら見学可能な場合がある。時計が好きなら、この距離感はスイス在住の特権だ。

コメント

読み込み中...