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スイス人が電車の遅延に激怒する理由——鉄道と国民アイデンティティ

SBBの定時運行率は92%。それでもスイス人は「遅れすぎだ」と怒る。スイスにおける鉄道が単なる移動手段を超えた存在である背景を読み解く。

2026-05-15
鉄道SBB文化時間厳守インフラ

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SBB(スイス連邦鉄道)の定時運行率は約92%。3分以上の遅延がなければ「定時」とカウントしての数字だ。日本のJR東日本の平均遅延時間が1分未満であることを考えると、スイスの鉄道は「まあまあ正確」程度に見える。

ところが、スイス人にこの話をすると怒る。「92%は低すぎる」「昔はもっと正確だった」と。なぜそこまで鉄道に厳しいのか。

鉄道が国をつくった

スイスは1848年に連邦国家として成立したが、バラバラのカントンが一つの国になった実感を国民に与えたのは、鉄道網の整備だった。

1882年にゴッタルド鉄道トンネルが開通し、ドイツ語圏とイタリア語圏が物理的につながった。それまで山脈で隔てられていた地域が数時間で移動可能になり、「同じ国に住んでいる」という感覚が初めて生まれた。

つまりスイスにおける鉄道は、道路や空港とは次元が違う。国家の統一を支える装置であり、国民アイデンティティの一部だ。だから遅れると怒る。自分たちの「正確さ」が損なわれたように感じるからだ。

Taktfahrplan——時計のような時刻表

スイスの鉄道が世界的に評価されているのは、速度ではなく「Taktfahrplan(パターンダイヤ)」の精度だ。

主要駅では毎時同じ分に同じ方面の電車が発車する。チューリッヒ中央駅からベルンへは毎時02分と32分。覚えやすく、乗り継ぎが計算しやすい。この「時計のような時刻表」を1982年に全国で導入したのが、スイスの鉄道革命だった。

乗り継ぎの接続は全国レベルで最適化されている。ベルンに到着した2分後にインターラーケン行きが出る——この2分が守られるために、全路線のダイヤが連動している。1本が遅れると、接続列車も待つか、切るかの判断が全国に波及する。

日本の鉄道との違い

日本の鉄道は「大量輸送の正確さ」に強い。首都圏で1日に数百万人を運ぶために、秒単位の運行管理をしている。

スイスの鉄道は「少量輸送の接続性」に強い。人口850万人の小国で、山岳地帯を含む全国津々浦々を鉄道でつなぐ。乗客が少ない山間部のローカル線も廃止せず維持し、都市間列車との接続を保証する。

日本が「量の精度」なら、スイスは「網の精度」だ。

在住者としての体感

チューリッヒに住んでいると、鉄道の便利さは空気のようなものだ。アプリで切符を買い、Halbtaxで半額にし、乗り継ぎを気にせず移動できる。

ただし、遅延は確実に増えている。SBBは老朽化したインフラの更新と、増加する利用者への対応に追われている。2025年にはAusbau 2035(2035年拡張計画)の一環で大規模な工事が各地で進行中だ。

スイス人が鉄道の遅延に怒るのは、裏を返せば「まだ鉄道に期待している」ということだ。期待しなくなった時が、本当の危機だろう。

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