高考の日、中国が止まる——年1回の大学入試が社会全体を巻き込む理由
中国の大学入試「高考」は毎年6月、約1,300万人が受験する国家的イベント。試験日の異常な光景と社会への影響を解説します。
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毎年6月7日と8日、中国は静まり返る。試験会場の周辺では車のクラクションが禁止され、工事は中断され、警察が交通規制を敷く。約1,300万人の受験生が一斉に試験を受ける「高考(ガオカオ)」の日だ。人生が2日間で決まる——少なくとも、多くの中国人はそう信じている。
高考とは何か
高考(普通高等学校招生全国統一考試)は中国の全国統一大学入学試験だ。高校3年生が6月に受験し、その得点で進学先が決まる。科目は文系・理系に分かれるが、国語・数学・外国語(ほぼ英語)が共通必須。750点満点で、清華大学や北京大学の合格ラインは680点以上とされる。
日本のセンター試験(共通テスト)に近いが、決定的に違うのは「高考の点数だけで合否が決まる」点だ。面接も小論文も内申書もない。純粋に点数勝負。これが良くも悪くも中国社会の公平性の象徴になっている。
親の狂乱
試験日の風景は異様だ。会場の前に数百人の親が待機する。旗振り応援団が結成される。ホテルが試験会場近くに「高考応援プラン」を販売する。試験前日の食事メニューまで指南するWebサイトが乱立する。
ある親は子どもの試験期間中、毎朝3時に起きて験担ぎの料理を作る。別の親は半年前から会場近くに引っ越す。企業の多くは高考期間中に受験生の親に特別休暇を与える。社会全体が受験生の「味方」になる構造だ。
地域格差という闇
高考の最大の問題は、省ごとに合格ラインが異なることだ。北京や上海の受験生は、地方の受験生よりも低い点数で名門大学に入れる。理由は大学の所在地の学生に枠が多く割り当てられるからだ。
河南省や山東省は受験生が多く、競争が激烈。同じ700点でも、北京なら清華大学に入れる可能性があるが、河南省では厳しい——こうした構造的不公平への不満は根深い。
在住日本人の子どもと高考
在住日本人の子どもが中国の大学を目指す場合、高考ではなく「外国人留学生入試」を受けるルートがある。日本国籍であれば、高考を受ける必要はない。清華大学や復旦大学への留学生入試は、高考に比べると競争率が低い。
ただし、日本人学校やインターナショナルスクールに通っている場合は、中国語力が中国の高校生レベルに達しているかが問われる。帰国子女枠で日本の大学を目指すケースの方が在住日本人家庭では一般的だ。
高考が映す中国社会
高考は単なる入試ではなく、中国社会の縮図だ。一発勝負の公平性、地域間格差、教育への過剰な投資、親世代の期待の重さ——すべてが2日間に凝縮される。
毎年6月、中国に住んでいると町全体の空気が変わるのを感じる。静けさと緊張感。それは1,300万人の人生の岐路が目の前で展開されている感覚だ。