中国の屋台が消えていく——都市美化運動と路上経済の静かな死
中国の都市部から屋台(路边摊)が次々と撤去されている。都市美化運動(城市整治)の背景にある論理と、失われる食文化について考える。
この記事の日本円換算は、1CNY≒21円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(CNY)の金額を基準にしてください。
上海の路地裏で朝6時に食べる煎饼果子(ジエンビングオズ)はCNY 8(約168円)だった。薄いクレープ生地に卵を割り、甜面酱を塗り、油条の欠片を挟む。完成まで90秒。中国の朝食の完成形だった。
「だった」と過去形で書くのは、その屋台がもうないからだ。都市整治(都市美化運動)の一環で、路上の飲食屋台は次々と撤去されている。
何が起きているか
2017年頃から加速した「都市美化運動」は、路上の看板・屋台・露店を都市景観の障害とみなし、行政指導と強制撤去で排除してきた。北京、上海、広州、深圳——一級都市からローカル都市へ波及している。
公式には衛生・交通・防火が理由だ。確かに一部の屋台は排水を路上に流し、交通の妨げになっていた。だがその論理で全てを撤去すると、都市から「非効率だが豊かな何か」が消える。
屋台が担っていた機能
路上の屋台は単なる飲食店ではなかった。3つの機能を同時に果たしていた。
1つ目は、低所得層の食のインフラ。CNY 5〜10(約105〜210円)で腹を満たせる場所は、出稼ぎ労働者(农民工)の生活を支えていた。
2つ目は、参入障壁の低い起業の場。屋台を出すのに必要な資金はCNY数千〜1万程度。店舗を借りればCNY数十万の初期投資が必要になる。屋台は「資本なき者の経済活動」だった。
3つ目は、都市の時間と空間の多層利用。朝は煎饼、昼は炒饭、夜は烧烤——同じ路上が時間帯によって異なる「店」に変わる。この多層性は、計画された商業施設では再現できない。
代替としての夜市とフードコート
完全に消えたわけではない。一部の都市では屋台を指定エリアに集約した「夜市」を整備している。成都の锦里、西安の回民街のように観光資源化した例もある。
だがそこで売られるのは、観光客向けに価格が調整された「屋台風」の食事だ。あの路地裏の煎饼果子おばさんが作っていた味とは、何かが違う。
効率化とは、ノイズを取り除くことだ。都市美化とは、予測不能なものを排除することだ。だがノイズの中にこそ、その都市が「その都市である理由」が含まれていることがある。
中国の屋台の消滅は、食の問題ではなく、都市が何を切り捨てて何を残すかという設計思想の問題だ。