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「内巻」——中国の教育競争がたどり着いた、誰も勝てない消耗戦

教育費が家計の50%を超える家庭もある中国。塾禁止令「双減」は地下に潜り、家庭教師の闇市場が膨張した。内巻(involution)と呼ばれる過剰競争の構造と、在住日本人家庭への影響を解説。

2026-05-06
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中国の一部の家庭では、教育費が家計所得の50%を超える。「715」という言葉がある。朝7時から夜11時まで、週5日塾に通う子どもの生活を指す数字だ。これは極端な例だが、都市部の中間層では決して珍しくない光景だった。

内巻とは何か

「内巻(ネイジュアン)」は英語の「involution」に由来するネットスラングで、2020年頃から中国の若者の間に広がった。限られた資源をめぐって全員が全力で競争するが、全体のパイは増えず、全員が疲弊するだけの状態を指す。

教育における内巻はわかりやすい。大学進学率が上がっても、「良い大学」の定員は変わらない。結果、合格ラインを超えるために必要な努力の総量だけが際限なく膨張する。全員が1時間多く勉強すれば、合格ラインが1時間分上がるだけだ。

2024年12月の中央経済工作会議では「内巻式競争を総合的に是正する」と明言され、2025年3月の全人代でも李強首相が同じ方針を強調した。教育だけでなく産業全体の問題として認識されている。

双減政策——塾を禁止した結果

2021年7月、中国政府は「双減(シュアンジエン)」政策を発表した。小中学生の宿題負担と学習塾の負担を同時に削減する政策だ。

具体的には、小学1〜2年生の筆記式宿題を禁止、小学3〜6年生は平均1時間以内、中学生は1.5時間以内に制限。営利目的の塾でコアカリキュラム(数学・英語等)を教えることも禁止された。

教育関連企業の株価は暴落し、大手学習塾チェーンは次々と閉鎖に追い込まれた。

しかし、需要は消えなかった。

地下に潜った教育産業

Bloombergの報道によると、塾の禁止は「闇市場の家庭教師」を生み出し、結果として世帯の教育費負担はむしろ増大した。具体的にはこんな手法が広がっている。

  • カーテンを閉めて隠れて授業を行う塾
  • 「数学」を「倫理的思考」というクラス名に変えて実質的に数学を教える
  • 「家事サービス」を名目に講師が自宅を訪問する家庭教師
  • カフェや個人宅で行われる少人数の「勉強会」

教育省は2024年にこれらの「隠れ塾」への取り締まりを強化する通知を出した。一方で、オンライン教育に関するホワイトリストを発表し、数学や英語のコアカリキュラムの放課後個別指導を許可する方向に規制を緩和しつつある。禁止と緩和の間で揺れている状態だ。

在住日本人家庭への影響

中国で子どもを育てる日本人家庭にとって、この状況はどう関係するか。

日本人学校に通う場合、双減政策の直接的な影響は限定的だ。ただし、現地校やインターナショナルスクールに通う場合、周囲の中国人家庭の教育熱は否応なく感じることになる。「うちの子だけ塾に行かせない」という選択は、理屈では正しくても心理的には難しい。

もう一つの影響は、家庭教師の質と価格だ。闇市場化した結果、質の良い家庭教師の料金は高騰している。1時間あたり300〜800CNY(約6,300〜16,800円)という相場も珍しくない。

中国の教育競争は、制度で抑え込もうとしても別の形で噴き出す。その根本には「良い大学→良い就職→安定した人生」という単線的な成功モデルへの信仰がある。この構造が変わらない限り、内巻は止まらない。

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