麗江の観光地化——世界遺産の旧市街がテーマパークになるまで
雲南省麗江のナシ族旧市街は1997年にユネスコ世界遺産に登録された。観光収入が年間数百億元に達する一方、住民の流出・文化の商品化が進む。世界遺産と観光経済のジレンマを解説。
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麗江古城(丽江古城)の夜、石畳の路地を歩くと、左右のすべての建物がバー・土産物店・ゲストハウスになっている。ナシ族の伝統的な木造家屋の外観はそのままだが、中身はほぼ入れ替わった。ユネスコが保護しようとした「生きた街並み」は、皮肉にも世界遺産登録によって最も大きく変容した。
数字で見る麗江
麗江市の年間観光客数は約6,000万人(2023年、延べ人数)。市の人口約130万人に対して、その46倍の観光客が毎年押し寄せる計算だ。観光収入は年間約1,000億元(約2.1兆円)に達し、GDPの約6割を観光関連が占める。
1997年のユネスコ登録前、麗江は辺境の小さな町だった。登録後に知名度が爆発し、航空路線が整備され、鉄道も開通し、中国全土から観光客が流入するようになった。
住民の「退場」
観光客の増加は地価と家賃を押し上げた。旧市街の住居は商業施設に転用した方が圧倒的に利益が出る。結果として、地元のナシ族住民の多くが旧市街を離れて新市街に移住した。
現在、旧市街で生活している元の住民は1割以下とされる。残りは外地から来た商売人が店舗を運営している。「世界遺産の街に、遺産をつくった人々がいない」という逆説が生まれている。
文化の商品化
ナシ族の伝統文化——東巴文字(トンパ文字)、東巴音楽、ナシ古楽——は観光商品として消費されている。
東巴文字はユネスコの「世界の記憶」にも登録された象形文字だが、土産物店では東巴文字で観光客の名前を書くサービスが1枚CNY 20〜50(約420〜1,050円)で売られている。文化的な文脈から切り離された「エキゾチックなフォント」として商品化されている状態だ。
ナシ古楽の演奏会は毎晩旧市街で開催されているが、演奏者の高齢化が進み、後継者が育っていない。観光客向けの短縮版ショーが中心で、本来の儀式音楽としての文脈は薄れている。
ユネスコの警告
ユネスコは麗江に対して複数回にわたり「過度の商業化」に対する懸念を表明している。2007年には「世界遺産リストからの削除」の可能性に言及されたこともあった。
中国政府は対策として旧市街への入城料(古城維護費)をCNY 50(約1,050円)に設定し、宿泊客から徴収する仕組みを導入した。収入は修繕・保存に充てるとされているが、商業化の流れを止めるには至っていない。
在住外国人にとっての麗江
麗江に長期滞在する外国人は多くはないが、大理(ダーリー)と並んで雲南のデジタルノマドに人気がある。旧市街を避けて束河(シュフー)古鎮やその周辺に住むのが一般的で、家賃はCNY 1,500〜3,000(約31,500〜63,000円)程度で広い一軒家が借りられる。
標高2,400mの高地で、年間を通じて温暖な気候だ。冬でも日中は15℃前後になる。ただし医療施設は限られており、重症の場合は昆明まで出る必要がある。
旧市街を観光客として歩くのは楽しい。しかし「世界遺産とは何を守るべきなのか」——建物の形なのか、そこに住む人の暮らしなのか——という問いが、石畳を歩くたびに頭をよぎる。