ドイツの小学生が万年筆で字を習う理由——手で書くことを手放さない教育
ドイツの小学校では今も万年筆で書く練習をする。デジタル時代に手書きを残す教育の論理と、文字を書く行為に込められた思想を読み解く。
この記事の日本円換算は、1EUR≒185円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨の金額を基準にしてください。
ドイツの小学校では、ある学年になると鉛筆から万年筆(Füller、フューラー)に持ち替えて字を書く練習をする。タブレットが普及した時代に、わざわざインクの万年筆だ。
なぜ消せないペンで、わざわざ書かせるのか。そこには「手で書くこと」への明確な教育思想がある。
消せないからこそ集中する
鉛筆は間違えれば消せる。万年筆は消せない。だからこそ、書く前に考える。一筆ごとに集中する。
この「やり直せなさ」が、字をていねいに書く態度を育てる、と考えられている。簡単に修正できない環境が、かえって慎重さと丁寧さを引き出す。便利さをあえて制限することで、別の能力を伸ばす発想だ。
手書きは思考とつながる
手で書く行為は、単なる記録ではない。書きながら考え、考えながら書く。手の動きと思考が結びつくという見方が、ドイツの教育には根強い。
キーボードで打つのと、手で書くのとでは、脳の使い方が違うとも言われる。効率だけならタイピングが速い。だが「考える力」を育てる過程として、手書きが意図的に残されている。
道具を大切にする訓練
万年筆はインクを補充し、手入れをして使う。壊れたら直す。使い捨てではない。
子どもに自分の道具を持たせ、管理させること自体が教育になっている。物を大切に長く使う——薪を積み、本を売り、中古品を回すドイツの暮らし方と、子ども時代の万年筆は地続きだ。
在独日本人の家庭で
子どもをドイツの学校に通わせると、ある日「万年筆を買ってきて」と言われて戸惑う親は多い。指定された種類の万年筆を文具店で探すことになる。
日本では小学生が万年筆を使う機会はほぼない。最初は面倒に感じても、子どもが自分の万年筆を大切にし、ていねいに字を書く姿を見ると、この教育の意図が腑に落ちる。便利さを少し手放すことで得られるものが、確かにある。