ドイツのKurzarbeit(時短勤務制度)——不況でも解雇しない仕組みの構造
ドイツが不況でも失業率を抑えるKurzarbeit(時短勤務)制度の仕組み。コロナ禍で600万人が利用した雇用維持のメカニズムを解説。
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2020年4月、コロナ禍のロックダウン真っ只中。アメリカの失業率は14.7%に跳ね上がった。同じ月、ドイツの失業率は5.8%。アメリカの半分以下だった。ドイツも経済は止まっていた。工場は閉まり、飲食店は休業し、小売は壊滅的だった。なのに、なぜ失業率がこれほど低かったのか。答えがKurzarbeit(クルツアルバイト)だ。
Kurzarbeitとは
Kurzarbeit(直訳:短い仕事)は、企業が経済的困難に陥った際、従業員を解雇する代わりに労働時間を短縮し、減った賃金分を連邦雇用エージェンシー(Bundesagentur für Arbeit)が補填する制度だ。
仕組みはこうなっている。
- 企業が「経済的理由で仕事量が減った」と雇用エージェンシーに届け出る
- 承認されると、従業員の労働時間が一時的に削減される(ゼロ時間=完全休業も可能)
- 減った賃金の60%(子どもがいる場合は67%)が国から補填される
従業員はクビにならない。企業は人件費を圧縮できる。景気が回復したら、そのまま通常勤務に戻す。解雇→再雇用のコスト(募集・訓練・引き継ぎ)が丸ごとなくなる。
コロナ禍での実績
2020年4月のピーク時、ドイツ全土で約600万人がKurzarbeitを利用した。これは全雇用者の約18%に相当する。
| 時期 | Kurzarbeit利用者数 |
|---|---|
| 2020年4月(ピーク) | 約600万人 |
| 2020年12月 | 約240万人 |
| 2021年6月 | 約190万人 |
| 2022年6月 | 約30万人 |
コロナ禍では特例として補填率が引き上げられ、4ヶ月目以降は減額分の70%(子どもありは77%)、7ヶ月目以降は80%(87%)が支給された。
IFO経済研究所の推計によると、Kurzarbeitがなければコロナ禍でドイツの失業者は約220万人増加していた可能性がある。制度が吸収した衝撃は大きい。
Kurzarbeitの歴史
この制度は新しいものではない。原型は1910年代にさかのぼるが、現在の形に近づいたのは2008年のリーマン・ショック後だ。当時約140万人が利用し、「ドイツの奇跡(German miracle)」と国際的に報道された。世界的な金融危機の中でドイツの失業率がほぼ上昇しなかったからだ。
この成功体験があったから、コロナ禍で政府が即座にKurzarbeitの拡充を決定できた。制度の実績が「次も使える」という信頼を生んでいる。
在独の日本人にとっての意味
ドイツで雇用されている日本人もKurzarbeitの対象になり得る。企業がKurzarbeitを申請した場合、外国人従業員も同じ条件で適用される。
自分の会社がKurzarbeitに入った場合、給与明細に「Kurzarbeitergeld(KUG)」という項目が現れる。手取りは減るが、雇用契約は維持される。健康保険・年金保険も継続するため、ビザのステータスに直接影響しないのが通常だ。ただし、ブルーカードの最低年収要件をKurzarbeit中の年収が下回る場合、更新時に問題になる可能性はゼロではない——その場合はAusländerbehörde(外国人局)に事前確認しておくのが安全だ。
なぜ他の国はKurzarbeitを真似しないのか
コロナ禍以降、フランス(activité partielle)やイギリス(Coronavirus Job Retention Scheme)など類似制度を導入した国はあったが、ドイツほど「常設制度」として定着している国は少ない。
理由の一つは、ドイツの労使関係の構造にある。企業の経営協議会(Betriebsrat)が従業員側の窓口として機能し、Kurzarbeitの導入交渉を迅速に進められる。この「交渉の下地」が他国にはない。
もう一つは財源だ。Kurzarbeitergeldは雇用保険(Arbeitslosenversicherung)から支出される。ドイツの雇用保険料率は給与の2.6%(労使折半)で、この保険料が平時にプールされ、不況時の緩衝材になる。
「解雇してから失業保険を払う」のか「解雇せずに雇用を維持する費用を払う」のか。Kurzarbeitは後者を選んだ制度設計であり、ドイツの雇用の安定性はこの選択の上に成り立っている。