空き缶を拾う人と拾われる人——Pfandが生んだドイツの影の経済圏
ドイツのデポジット制度Pfandは環境政策として知られるが、その副産物として「空き缶拾い」という非公式の所得源が生まれた。路上の缶とペットボトルをめぐる小さな経済を追う。
この記事の日本円換算は、1EUR≒160円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(EUR)の金額を基準にしてください。
ドイツのスーパーマーケットにはPfandautomat(デポジット返却機)がある。空のペットボトルや缶を入れると、レシートが出てきて買い物に使える。ペットボトル(Einweg)は0.25EUR(40円)、ビール瓶(Mehrweg)は0.08EUR(13円)。
これだけ聞くと「進んだリサイクル制度」だが、ベルリンの公園で朝7時にゴミ箱を漁る高齢者を見たとき、印象は変わる。
0.25EURの生存経済
ベルリン、ハンブルク、ケルンなどの大都市では、ホームレスや年金生活者がPfandボトルの回収で生計の一部を立てている。1本0.25EUR。100本集めて25EUR(4,000円)。大規模なイベントやサッカーの試合後には、短時間で50本以上回収できることもある。
これは制度設計者が意図した結果ではない。Pfandは2003年に環境保護(リサイクル率向上)を目的に導入された。しかし「小額のデポジットを回収するインセンティブ」が、経済的に困窮した人々にとっての収入源を副次的に生み出した。
Pfandringという市民の発明
2012年にケルン出身のデザイン学生が「Pfandring」を発明した。ゴミ箱の側面に取り付ける金属リングで、空き缶やボトルをここに置いておくと、回収者がゴミ箱の中を漁らなくても取れる。
「ゴミを漁る」という行為の尊厳を守る設計だ。Pfandringはクラウドファンディングで資金を集め、ケルンを中心に複数の都市で設置された。自治体によっては公式に採用しているところもある。
日本で同じ発想を探すと、コンビニの「ご自由にどうぞ」の棚が近いかもしれない。しかしPfandringはもっと切実だ。空腹を金属の筒で満たす行為を、せめて屈辱なく行えるようにする——という社会工学だ。
ドイツ人の「環境意識」の実像
ドイツ人の環境意識は高い。しかしPfandを返すために空き瓶を溜め込み、まとめて持っていく「合理的行動」と、路上に放置する「利他的行動」(回収者のために置いていく)の間に、独特の文化が生まれている。
ベルリンの若者の間では、飲み終えたビール瓶をゴミ箱の横にきれいに並べて置く——ゴミ箱に入れるのではなく——という暗黙のルールがある。Pfandringが設置されていない場所でも、ゴミ箱の「横」に置くことで回収者が拾いやすくする。
この行為はチャリティではなく「システムの一部として振る舞う」感覚に近い。自分が0.25EURを回収する手間を省き、その0.25EURが必要な人に渡す——市場経済の中に、非公式の再分配メカニズムが埋め込まれている。
日本人が知っておくこと
- Pfandボトルを捨てると損をする: 普通のゴミ箱に入れると0.25EUR失う。習慣になるまでは面倒だが、月に20〜30本で5〜8EUR(800〜1,300円)
- 全てのボトルにPfandがあるわけではない: Pfandマークがないボトル(一部の輸入品やジュース)はデポジット対象外
- 返却機は混む: 日曜に閉まるスーパーに合わせて、土曜の午前は行列ができることもある
Pfandは環境政策であり、福祉制度であり、コミュニティのマナーでもある。0.25EURの小さなデポジットが、社会の複数の層を貫通している。