白いアスパラガスに取り憑かれた国——ドイツのSpargelzeitという季節病
毎年4月中旬〜6月24日、ドイツ全土がアスパラガスに支配される。専用レストラン、専用メニュー、専用の直売所。年間消費量12万トン超のドイツ人とSpargel(白アスパラガス)の異常な関係。
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ドイツ人は年間約12万トンの白アスパラガス(Spargel)を消費する。これはヨーロッパ最大の消費量で、一人あたり約1.5kg。4月中旬から6月24日(Johannistag、聖ヨハネの日)までの約2ヶ月間だけの狂騒だ。スーパーにはSpargelの特設コーナーが現れ、レストランには「Spargelkarte(アスパラガス専用メニュー)」が登場し、道端にはSpargelの直売所(Spargelbude)が出現する。
日本人の感覚で近いものを探すなら、松茸でもなく筍でもなく——初鰹だろうか。旬にしか手に入らない、毎年同じものを食べるのに毎年興奮する、という構造が似ている。
なぜ「白い」のか
ドイツで「Spargel」と言えば白アスパラガス(Bleichspargel)を指す。緑のアスパラガスは「grüner Spargel」と呼んで区別する。白いアスパラガスは土を盛って遮光し、日光に当てずに育てるから白い。光合成をさせないのだ。手間がかかる分、価格も高い。
味の特徴は、甘みがあり、ほろ苦く、繊維質が少ない。茹でてオランデーズソースとハム、溶かしバターと新じゃがを添えるのが定番。これがSpargelの「正しい」食べ方だとドイツ人は言う。
Spargelzeitの経済学
シーズン中のSpargel価格は1kgあたり€7〜€15(約1,120〜2,400円)。産地直売なら€5〜€8(約800〜1,280円)で買えることもある。シーズン初期は高く、終盤に下がる。
ドイツ国内の主要産地はニーダーザクセン州(シュヴェッツィンゲン周辺)、ブランデンブルク州(ベーリッツ)、ノルトライン=ヴェストファーレン州。産地の町ではSpargelfest(アスパラガス祭り)が開かれ、Spargelkönigin(アスパラガスの女王)が選出される。ミスコンだ。アスパラガスの。
ドイツの農業においてSpargelは売上額ベースで野菜の中で最大の作物だ。収穫は機械化が難しく、手作業に頼る。毎年シーズンに合わせてポーランドやルーマニアから季節労働者が来る。2020年のコロナ禍で入国制限がかかったとき、ドイツ政府は農業労働者に特別入国枠を設けた。Spargelの収穫を止めるわけにはいかなかったからだ。
6月24日に何が起きるか
Spargelzeitは6月24日に終わる。この日以降は収穫しないのがルールだ。
理由は植物学的なもの。6月24日以降も収穫し続けると、株が弱って翌年の収穫量が落ちる。株を休ませるために、シーズンを強制終了する。合理的な農業慣行がそのまま文化的な「終わりの儀式」になっている。
6月24日の翌日、スーパーからSpargelが消える。レストランのSpargelkarteが撤去される。直売所が閉まる。昨日まで国中が食べていたものが、一夜にして姿を消す。この喪失感が、次の春への期待を生む。
在住者のSpargel体験
初めてのSpargelzeitで多くの在住日本人が戸惑うのは、ドイツ人の熱量だ。同僚が「今年のSpargelはどうだった?」と聞いてくる。スーパーの入り口にSpargelの山がある。週末のBauernmarkt(農家の市場)で30分並んでSpargelを買う人がいる。
自宅で調理するなら、皮むきが最大の関門。白アスパラガスは緑より皮が硬い。専用のSpargelschäler(アスパラガス皮むき器)がキッチン用品店に並んでいる(€5〜€15、約800〜2,400円)。皮は捨てずに煮出すとスープのベースになる。
レストランで食べるなら、シーズン中に「Spargelkarte」を掲げている店に入ればいい。Spargel mit Schinken und Kartoffeln(ハムと新じゃが添え)を頼めば、まず外れない。一皿€15〜€25(約2,400〜4,000円)程度。ドイツ料理が地味だと思っている人にこそ、Spargelzeitに来てほしい。この2ヶ月だけ、ドイツ人は食に情熱的になる。
主な参照: 連邦食料・農業省(BMEL)野菜生産統計、Statistisches Bundesamt 農業労働力データ、Vereinigung der Spargelanbauer Niedersachsen