ドイツのトルコ系コミュニティ——ドネルケバブが国民食になった移民の歴史
ドイツに約300万人いるトルコ系住民の歴史と現在。ガストアルバイターからドネルケバブ文化まで、移民がドイツ社会を変えた軌跡を解説。
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ドイツで最も多く消費されるファストフードは何か。ハンバーガーでもソーセージでもない。ドネルケバブ(Döner Kebab)だ。ドイツ国内のドネルケバブ店は約4万店。マクドナルドのドイツ国内店舗数(約1,400店)の約30倍。年間売上は推定€75億(約1.2兆円)規模に達する。ドイツで「国民食」と呼ぶにふさわしい存在だが、その歴史はわずか50年ほどしかない。
ガストアルバイターの時代
1961年、西ドイツとトルコの間で労働者募集協定が締結された。戦後の経済成長(Wirtschaftswunder)で深刻な人手不足に陥った西ドイツが、トルコから「ガストアルバイター(Gastarbeiter=客員労働者)」を受け入れた。
「客員」という名前が示す通り、当初は数年で帰国する前提だった。2〜3年働いて貯金し、トルコに戻る——ドイツ政府もトルコ人労働者本人も、そう考えていた。
しかし現実は違った。企業は訓練済みの労働者を手放したくない。労働者も家族をドイツに呼び寄せ、子どもをドイツの学校に通わせ始めた。「一時的な滞在」がいつの間にか「永住」になった。
1973年のオイルショックでガストアルバイター制度は終了したが、すでにドイツに定住していたトルコ人の家族呼び寄せは続き、人口は増え続けた。現在、ドイツに住むトルコ系住民は約300万人(ドイツ国籍取得者を含む)。ドイツ最大の移民コミュニティだ。
ドネルケバブの誕生
ドネルケバブのドイツ版——パンに肉・野菜・ソースを挟んだサンドイッチ型——は1972年にベルリンで生まれたとされる。ベルリン・クロイツベルクのトルコ人Kadir Nurman(カディール・ヌルマン)が、工場労働者が立ったまま片手で食べられるようにドネルの肉をパンに挟んで売ったのが始まりと言われている(ただし、他にも「元祖」を主張する人物がいる)。
価格は長らく€3〜€4だったドネルケバブだが、2022年以降の物価高で€6〜€8(約960〜1,280円)に上昇した。2024年にはSPD(社会民主党)の一部議員が「ドネル価格キャップ」を冗談半分に提案し、SNSで大きな話題になった。それくらいドネルの価格変動はドイツ人の生活実感に直結している。
ベルリン・クロイツベルク——「小さなイスタンブール」
トルコ系コミュニティが最も集中しているのがベルリンのクロイツベルク地区だ。1960〜70年代、家賃が安く老朽化したアパートが多かったこの地区にトルコ人労働者が集まった。
現在のクロイツベルクを歩くと、トルコ語の看板、トルコ食材のスーパー(Gemüseladen)、モスク、トルコ式理髪店が並ぶ。コットブッサー・トーア(Kottbusser Tor)周辺は「リトル・イスタンブール」と呼ばれることもある。
ただし、クロイツベルクは2010年代以降のジェントリフィケーションで急速に変わりつつある。カフェやスタートアップのオフィスが増え、家賃が上昇し、古くからのトルコ系住民がさらに郊外へ移動する流れが起きている。
統合と摩擦
トルコ系コミュニティのドイツ社会への統合は、成功と課題の両面がある。
成功面。政治の世界ではCem Özdemir(ジェム・エズデミア)が緑の党から連邦農業大臣に就任。ドイツ代表サッカーチームにはメスト・エジル(Mesut Özil)やイルカイ・ギュンドアン(İlkay Gündoğan)などトルコ系選手が活躍してきた。ビジネスでもトルコ系企業家の活動は活発で、ドイツ国内のトルコ系企業は約10万社、雇用創出数は約50万人とされる。
課題面。教育格差は依然として大きい。トルコ系2世・3世の大学進学率はドイツ人平均を下回っている。言語の壁——家庭ではトルコ語、学校ではドイツ語——が教育面でのハードルになっている。
2018年のエジル事件(ドイツ代表を引退する際に「ドイツ社会の人種差別」を告発)は、表面上は統合が進んでいるように見えるドイツ社会の内面を露呈させた。
在住日本人がトルコ系コミュニティから得られるもの
実用的な話をすると、トルコ系のスーパーマーケット(ベルリンのEurogida、全国チェーンのBasar等)は野菜と果物が安い。ドイツの一般的なスーパー(REWE、Edeka)と比べて2〜3割安いことも珍しくない。
トルコ式の朝食(Frühstück)を出すカフェも増えている。チーズ、オリーブ、卵料理、パン、紅茶のセットで€12〜€18(約1,920〜2,880円)程度。週末のブランチとして人気がある。
トルコ料理はドネルだけではない。ラフマジュン(Lahmacun、トルコ風ピザ)、ピデ(Pide、舟形のパン)、レンズ豆のスープ(Mercimek çorbası)——ドイツにいながらトルコの食文化を日常的に体験できるのは、60年にわたる移民の歴史が生んだ副産物だ。
ドネルケバブ1つの背景に、戦後ドイツの労働力不足、移民政策の転換、都市の変容、統合の成功と摩擦が詰まっている。次にドネルを頬張るとき、その€7の中に半世紀の歴史が入っていると思うと、味が少し変わるかもしれない。