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バルセロナに住むと「あなたはカタルーニャ人かスペイン人か」と聞かれる

カタルーニャの独立問題は政治ニュースの中だけの話ではない。日常の言語選択、学校、スポーツ、買い物に至るまで染み込んでいるその構造。

2026-05-15
カタルーニャバルセロナ独立言語アイデンティティ

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バルセロナのスーパーで買い物をしていると、レジのスタッフがカタルーニャ語で話しかけてくる。こちらがスペイン語(カスティーリャ語)で返すと、微妙な間が空くことがある。悪意ではない。しかし「言語の選択」がアイデンティティの表明になる空気がバルセロナにはある。

カタルーニャ語とスペイン語の共存

カタルーニャ州ではカタルーニャ語とスペイン語の両方が公用語だ。街の看板、行政文書、学校の授業——基本的にはカタルーニャ語が優先される。

公立学校では、教育言語は原則カタルーニャ語だ。スペイン語は「一科目」として教えられる。これに対してスペイン中央政府は「スペイン語での教育を受ける権利がある」として繰り返し異議を唱えている。

在住日本人の家庭にとって、子どもの学校選びは言語政策と直結する。公立校に入れればカタルーニャ語中心の環境になる。インターナショナルスクールは英語だが、地域のコミュニティに溶け込みにくくなる。

2017年の住民投票とその後

2017年10月1日、カタルーニャ州政府は独立の賛否を問う住民投票を実施した。スペイン中央政府は「違憲」として認めず、警察が投票所を封鎖する映像が世界に流れた。投票した約230万人のうち90%が独立に賛成したが、投票率は約43%にとどまった。

その後、独立派の指導者たちは逮捕・亡命し、2021年に恩赦された。2024年にはカルレス・プッチデモン前州首相のスペインへの帰国が大きなニュースになった。

独立運動のピークは過ぎたとする見方が多いが、問題が解決したわけではない。カタルーニャ議会では独立派と反独立派の議席が拮抗し続けている。

日常に染み込む緊張

在住者として感じるのは、独立問題が「政治イベント」ではなく「日常の空気」だということだ。

バルコニー: バルセロナの旧市街を歩くと、バルコニーに黄色いリボンや独立旗(エステラーダ)を掲げている家がある。隣のバルコニーにはスペイン国旗。同じ建物の住人がそれぞれの旗を掲げている。

サッカー: FCバルセロナの試合の17分14秒(カタルーニャがスペインに吸収された1714年を象徴)に観客が「Independència!」と叫ぶ伝統がある。

レストランのメニュー: カタルーニャ語のみのメニューを出す店がある。スペイン語で頼めば通じるが、「こちらの言語はカタルーニャ語です」という静かな主張だ。

外国人は中立でいられるか

在住外国人は「カタルーニャ人でもスペイン人でもない」立場なので、どちらの側にも付かなくて済む——と思いきや、そうでもない。

「カタルーニャ語を学ぶべきか」は在住者にとって実用的な問いだ。バルセロナの多くの場面ではスペイン語で問題ないが、カタルーニャ語を話すと明らかに距離が縮まる相手がいる。

行政手続きの書類がカタルーニャ語で届くこともある。内容はスペイン語版と同じだが、最初にカタルーニャ語で届く。これも「ここはカタルーニャだ」というメッセージだ。

経済的な文脈

カタルーニャ州はスペインのGDPの約19%を占める経済の中心地だ。「稼いだ税金がマドリードに吸い上げられている」という不満が、独立運動の経済的な論拠になっている。

一方で、独立すればEUから離脱する可能性が高く、多くの企業がカタルーニャから本社を移転した(2017年の住民投票後、約7,000社が本社登記を州外に移した)。経済合理性と感情的なアイデンティティが交差する、簡単には解けない方程式だ。

バルセロナに住むと、一つの国の中に別の国がある感覚を体験する。それは紛争地帯の緊張ではなく、日常のレイヤーの中に静かに存在する温度差だ。

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