ガリシア地方のケルト文化——スペインのもう一つの顔
スペイン北西部ガリシアには、フラメンコでもパエリアでもない、ケルトの文化が根を張っている。バグパイプ(ガイタ)が鳴り響く緑の大地、ケルト十字の石碑、そしてガリシア語という独自言語。地中海のイメージとは全く異なるスペインの一面を紹介する。
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スペインにバグパイプがある、と言うと驚かれることが多い。フラメンコのギターやカスタネットのイメージが強すぎるからだ。だが北西部のガリシア州に行くと、ガイタ(Gaita gallega)というバグパイプの音色があちこちから聞こえてくる。風景も一変する。乾いた大地ではなく、アイルランドやスコットランドを思わせる霧と緑の丘陵地帯。スペインの中に、もう一つの文化圏が存在する。
ケルト人の痕跡
ガリシアにはカストロ(Castro)と呼ばれる紀元前の集落遺跡が2,000カ所以上残る。ポンテベドラ県のサンタ・テクラ山(Monte de Santa Tegrla)には保存状態の良いカストロがあり、円形の石造住居跡を実際に歩ける。ローマ帝国以前、この地にはケルト系の部族が暮らしていた。
ケルト十字(Cruz celta)も各地の教会や墓地で見られる。アイルランドのハイクロスと酷似したデザインが、イベリア半島の端にある。地理的な距離を考えると不思議だが、大西洋沿岸の海上交易ルートがこの文化的つながりを生んだと考えられている。
ガイタとケルト音楽
ガイタは結婚式、祭り、巡礼路の宿場で演奏される。毎年7〜8月にオルティゲイラ(Ortigueira)で開催されるフェスティバル・インテルナシオナル・デル・ムンド・ケルタ(Festival Internacional del Mundo Celta)には、ガリシアだけでなくスコットランド、ブルターニュ、アストゥリアスのケルト音楽家が集まる。入場無料。人口約6,000人の町に4日間で10万人以上が訪れる。
カルロス・ヌニェス(Carlos Núñez)はガリシアを代表するガイタ奏者で、アイルランドのチーフタンズとの共演でも知られる。ガリシアのケルト音楽は「スペイン国内のマイナージャンル」ではなく、国際的なケルト音楽ネットワークの一角を占めている。
ガリシア語という独自言語
ガリシア州の公用語はスペイン語(カスティーリャ語)とガリシア語の2つ。ガリシア語はポルトガル語と同じ祖先を持ち、発音も語彙もカスティーリャ語よりポルトガル語に近い。道路標識・公共施設・学校教育はバイリンガルで表記される。
在住外国人にとっては「スペイン語を学んだつもりが、地元の高齢者の会話がまるで聞き取れない」という現象が起きる。特に農村部ではガリシア語が日常語だ。
食文化もまた別世界
ガリシアの名物は地中海料理ではなく、大西洋の海産物。プルポ・ア・フェイラ(Pulpo á feira、ゆでダコにオリーブオイルとパプリカ)は最も有名だが、ペルセベス(亀の手)、ナバハス(マテ貝)、ビエイラス(帆立貝)も食卓の常連だ。内陸では豚肉の燻製やカルド・ガジェゴ(Caldo gallego、白いんげん豆と青菜のスープ)が冬の定番になる。
マドリードやバルセロナに住んでいると、ガリシアは「遠い田舎」のように感じるかもしれない。だがスペインの多様性を理解するには、この緑のケルト地方を抜きにはできない。