スペインのオレンジが道路を埋める理由:食品ロスと収穫過剰の構造
バレンシアとアンダルシアで毎冬、数十万トンのオレンジが収穫されずに腐る。食べられるのに捨てられるオレンジの背景にある農業補助金・流通・気候変動の話。
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冬のセビリアを歩くと、街路樹のオレンジが地面に落ちて腐っている光景に気づく。踏むとつるりと滑る。においが立つ。でも誰も拾わない。このオレンジは食べられない——苦くて観賞用の「ビターオレンジ(ナランハ・アマルガ)」だからだ。
ただし、食べられるオレンジも同じように捨てられていることは、あまり知られていない。
スペインのオレンジ生産規模
スペインはEUで最大のオレンジ生産国のひとつで、バレンシア地方とアンダルシアで大量に栽培されている(推定:年間400〜600万トン規模)。その多くはEU域内と英国・ドイツ・フランスに輸出される。バレンシアオレンジのブランドは世界的に知名度が高い。
問題は、豊作の年や品質規格を満たさないロット、輸送コストに見合わない価格になった年に、大量のオレンジが「回収されない」という事態が起きることだ。
なぜ収穫しないのか
農業経済の話になる。収穫には人件費がかかる。スペインの農業労働者の賃金(特に季節労働者)は下げ止まりに近い水準にあるが、それでも小規模農家にとっては、輸出単価が低い年には収穫コストが売上を上回ることがある。
「収穫しないほうが損が少ない」という判断が起きる。EU共通農業政策(CAP)の補助金が生産量ではなく農地面積に基づいて支払われる仕組みであるため、農家が生産を過剰に続けるインセンティブがあるという批判もある(この点は議論が続いている)。
大手スーパーの厳しい外見規格も一因だ。少しでも傷がついた、形が揃っていない、大きさが規定外のオレンジは流通に乗れない。そのまま圃場に残される。
気候変動との関係
気候変動でスペイン南部の気候が変わっている。冬が短く温かくなっているため、収穫時期が前倒しになる一方で、霜害のリスクも変化している。予測が難しい年は供給過剰と品質問題が重なりやすい。
同時に、北アフリカ(モロッコ・エジプト)の安価なオレンジがEU市場に入ってきており、スペイン産の価格競争力が下がっているという農家の声もある。これはかなりデリケートな政治的問題でもある。
食品ロス対策の試み
セビリアでは街路のビターオレンジをマーマレードに加工して販売したり、バイオエネルギー(発酵ガス)の原料として利用したりする取り組みが始まっている。食べられるオレンジについても、規格外品を安価に販売する「못난이(못난이)」スタイルの流通が一部で拡大している。
「食品バンク」への寄付も行われているが、輸送・保存コストの壁がある。大量のオレンジを短期間で消費できる体制を持つ組織は限られている。
在住者が実感すること
バレンシアやセビリア近郊に住んでいると、冬から春にかけてスーパーのオレンジ価格が信じられないくらい安い時期がある。1キロ0.5〜1EURで売られていることもある。地元の人は当たり前のように大量に買って搾る。
「安くて当たり前の食べ物」として認識されているオレンジの背景に、農業補助金・流通構造・気候変動が絡み合った複雑な問題がある。道端に落ちているオレンジは、その見えにくい矛盾の一端を見せている。