スペイン南部で水道が止まる日——干ばつと水利権をめぐる静かな戦争
アンダルシアやムルシアで繰り返される断水と取水制限。スペインの水問題は農業・観光・住宅が競合する資源配分の問題だ。
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2024年、カタルーニャ州で非常事態が宣言された。ダムの貯水率が16%を下回り、バルセロナ都市圏で1人あたりの水使用量が1日200リットルに制限された。公共のプールは閉鎖され、庭への散水は禁止。地中海に面した豊かな都市が、水に追い詰められた。
スペインの水は「北に余り、南で足りない」
スペインの降水パターンは南北で極端に異なる。北部のガリシア州やバスク地方は年間降水量1,000mm以上で緑が豊かだ。一方、南部のアンダルシアやムルシアは300mm以下。東京(約1,500mm)の5分の1しか雨が降らない地域がある。
この南北の水格差を解消するため、1933年に策定された「国家水利計画」以来、北から南へ水を送る運河や導水路が整備されてきた。しかし、需要の増加に供給が追いついていない。
水を奪い合う3つのプレイヤー
スペインの水問題を複雑にしているのは、3つの用途が競合していることだ。
農業(全水使用量の約80%): スペインはEU最大の果物・野菜の輸出国だ。アルメリア県のビニールハウス群はNASAの衛星写真にも映るほど巨大で、ヨーロッパの食卓を支えている。これらの農業が大量の水を消費する。
観光: 地中海沿岸のリゾート地は夏に人口が何倍にも膨れ上がる。ホテルのプール、ゴルフ場、シャワー——観光客が使う水は、その地域の水道インフラに大きな負荷をかける。
住宅: 沿岸部の住宅開発が続いており、新しいマンションやヴィラが水の需要を押し上げている。
ダムの国
スペインには約1,200基のダムがある。人口あたりのダム数は世界でもトップクラスだ。フランコ政権時代から「ダムを造って水を貯める」戦略が続いてきた。
しかし、ダムに水が入らなければ意味がない。2024年の時点で、スペイン全体のダム貯水率は平均容量の約50%。南部では30%を切るダムも多かった。
海水淡水化——高コストの解決策
バルセロナやアリカンテなどの沿岸都市では、海水淡水化プラントが稼働している。スペインは海水淡水化の技術で世界をリードしており、淡水化プラントの数はEUで最多だ。
ただし、淡水化のコストは通常の水道水の2〜3倍。エネルギーも大量に消費する。「海がある限り水は無限」ではなく、経済的・環境的な制約がある。
在住者の生活への影響
南部の在住者は、夏になると水圧の低下を経験する。シャワーの水が細くなり、マンションの上層階では夕方に水が出なくなることもある。
節水のルールは地域ごとに異なるが、車の洗車禁止、庭の散水時間制限、プールへの注水制限——などが一般的だ。違反すると罰金が科される。
市場で買う野菜の値段にも影響が出る。干ばつで作柄が悪い年は、トマトやレタスの価格が跳ね上がる。スペインの食卓は文字通り水の上に成り立っている。
気候変動の最前線
IPCCの予測では、地中海沿岸は気候変動の影響が最も深刻な地域の一つだ。スペイン南部の年間降水量は今世紀末までにさらに20〜30%減少する可能性がある。
スペインにとって水の問題は、将来の脅威ではなく現在進行形の危機だ。蛇口をひねれば水が出る——その当たり前が、スペイン南部では当たり前ではなくなりつつある。