フランスのアパルトマン暮らし——石造りの建物で暮らすということ
19世紀オスマン建築のアパルトマンで暮らすリアルを解説。天井高3m・石壁・寄木細工の床・暖炉——美しさと不便さが同居するフランスの住居事情を在住者目線で紹介。
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パリのアパルトマンに初めて足を踏み入れたとき、天井の高さに驚く人が多い。見上げると3メートル以上ある。漆喰の装飾モールディング(moulures)が天井の縁を走り、壁は厚い石灰岩。床は「ポワン・ド・ハンガリー(point de Hongrie)」と呼ばれるヘリンボーン模様の寄木細工。暖炉は大理石。
美しい。そして、住んでみると「美しいだけでは済まない」ことが分かる。
オスマン建築——150年前の設計思想
パリの中心部に建つアパルトマンの多くは、1853年から1870年にかけてオスマン男爵(Baron Haussmann)の都市改造で建設された。ナポレオン3世の命を受け、中世の狭い路地を壊して広い大通りを作り、統一された外観の建物を並べた。
オスマン建築の基本仕様はこうだ。
| 要素 | 特徴 |
|---|---|
| 外壁 | クリーム色のリュテシア石灰岩(calcaire lutétien) |
| 階数 | 原則6階建て |
| 天井高 | 2階(étage noble)で3.20〜3.50m、上階は2.80〜3.00m |
| 床 | オーク材の寄木細工(parquet) |
| 装飾 | 漆喰モールディング、天井のロゼット(rosace)、大理石暖炉 |
| バルコニー | 鍛鉄製。2階と5階に連続バルコニー |
2階が最も天井が高く、装飾も豪華で、かつては富裕層の住居だった。6階は元々使用人の部屋(chambre de bonne)で、天井が低く、エレベーターもない。この「階層による社会的格差」がそのまま建築に刻まれている。
美しさの代償——冬の寒さ
石壁は断熱性が低い。冬のパリは気温が0〜5℃まで下がるが、19世紀の建物に現代の断熱基準を求めるのは無理がある。窓は木製の二重窓(double vitrage)に交換されている物件もあるが、古いものはシングルガラスのままだ。
暖房は多くの場合、建物全体の集中暖房(chauffage collectif)だ。自分で温度を調節できないことがある。暖房費は管理費(charges)に含まれており、月100〜200EUR(約16,000〜32,000円)程度が上乗せされる。
暖炉は飾りになっていることが多い。実際に使えるものもあるが、煙突の点検(ramonage)が年1回義務付けられており、費用は50〜80EUR(約8,000〜12,800円)。
配管と電気——見えない老朽化
150年前の建物に、後から水道・電気・ガスが通された。配管が壁の中を這い、電気配線が露出していることもある。
| よくある問題 | 対処 |
|---|---|
| 水圧が弱い(特に上階) | ポンプ追加工事が必要な場合も |
| 排水管の詰まり | 古い鉛管は定期的な清掃が必要 |
| 電気容量の不足 | 同時にオーブンと洗濯機を使うとブレーカーが落ちる |
| Wi-Fi電波の減衰 | 石壁が電波を遮る。中継器が必要 |
Wi-Fiが石壁を通らないのは、多くの在住者が最初に直面する実用上の問題だ。ルーターから2部屋離れるとほぼ圏外になる。
リノベーション——費用と制約
オスマン建築のアパルトマンをリノベーションする場合、一般的なアパートより20〜30%コストが高くなる。パリでの全面改装は1,500〜3,500EUR/m2(約240,000〜560,000円/m2)が相場だ。50m2のアパルトマンなら75,000〜175,000EUR(約1,200万〜2,800万円)。
歴史的建造物として保護されている場合、外壁や窓の変更には許可が必要だ。「窓枠の色を変えたい」だけでも共有者組合(syndic)の承認を得なければならない。
それでも選ぶ理由
不便な点を挙げればきりがない。エレベーターがない6階。洗濯機を置くスペースがない。収納が少ない。キッチンが異常に狭い。
それでもオスマン建築のアパルトマンに住みたがる人は後を絶たない。天井の高さが生む開放感、窓から差し込むパリの光、足元のオーク材が軋む音——こういった要素は、新築マンションでは再現できない。
フランスのアパルトマン暮らしは、建物と「交渉する」日々だとも言える。150年前のインフラと現代の生活をどう折り合わせるか。その試行錯誤自体が、フランスで暮らすことの一部になっている。