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フランス人はなぜ転職しないのか——CDI信仰と解雇規制が作る労働市場

フランスのCDI(無期雇用契約)を中心とした労働市場の構造を解説。解雇規制・CDD・失業率7.7%の背景にある制度設計と、在住日本人が知るべき雇用慣行を紹介。

2026-05-01
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フランスの失業率は7.7%(2025年時点)。日本の約3倍だ。にもかかわらず、職を持つフランス人の多くは転職しない。求人サイトを眺めもしない。日本の感覚からすると不思議だが、この国の労働市場には「動かないほうが得」な構造が組み込まれている。

CDI——フランス社会の通行証

CDI(Contrat à Durée Indéterminée、無期雇用契約)はフランスの雇用契約の基本形だ。法律上も「原則的な雇用形態」と位置づけられている。

CDIを持っているかどうかで、生活のあらゆる場面が変わる。

CDIありCDIなし(CDD・派遣等)
住宅ローンが組めるほぼ不可能
賃貸契約がスムーズ保証人・前払い家賃を求められる
銀行の信用枠が広がるクレジットカードの限度額が低い
社会的な「安定」と見なされる不安定な立場と見なされる

フランスでは不動産を借りるときに「3ヶ月分の給与明細」と「雇用契約書のコピー」を提出する。大家はまずCDIかどうかを見る。CDDやintérim(派遣)だと、書類審査で落とされることがある。CDIは単なる雇用契約ではなく、社会的信用の証明書として機能している。

解雇規制——企業側の「動かせなさ」

フランスの労働法典(Code du travail)は世界でも最も厚い部類に入る。CDIの社員を解雇するには「正当な理由(cause réelle et sérieuse)」が必要で、手続きも複雑だ。

解雇の流れは概ね以下のようになる:

  1. 事前面談への召集状を書留郵便で送付
  2. 面談の実施(従業員は代理人を同席させる権利がある)
  3. 面談から最低2営業日経過後に解雇通知書を送付
  4. 法定の予告期間(通常1〜3ヶ月)を経て退職
  5. 解雇手当の支払い(勤続年数に応じて計算)

不当解雇と判断された場合、労働審判所(Conseil de Prud'hommes)で争われ、企業側に賠償金の支払いが命じられることがある。この「解雇の面倒さ」が、企業に「そもそも正社員を増やしたくない」というインセンティブを与えている。

CDD——入口は狭い

結果として起きているのが、CDD(Contrat à Durée Déterminée、有期雇用契約)の濫用だ。フランス銀行の分析によれば、新規雇用のうちCDIが占める割合は限定的で、多くの採用がCDDやintérimから始まる。

CDDの平均契約期間はかつて14日というデータもある。2週間の契約を繰り返し、何ヶ月も「試用」された末にようやくCDIに切り替わる——あるいは切り替わらない。

フランスの労働市場は「CDIを持つ者」と「持たない者」の二重構造(dualité)になっている。CDIを手に入れた人は動かず、CDIを持たない人は不安定な契約を繰り返す。

週35時間労働——制度の現実

フランスでは法定労働時間が週35時間と定められている(2000年のオブリー法に由来)。ただし「残業が存在しない」わけではない。35時間を超えた分は割増賃金が支払われるか、代休(RTT: Réduction du Temps de Travail)として付与される。

管理職(cadre)の場合、年間の労働日数上限(forfait jours、通常218日)で管理されることが多く、日々の労働時間の概念が異なる。週35時間という数字だけを見ると楽に聞こえるが、管理職は実質的にそれ以上働いている場合も多い。

在住日本人にとっての意味

フランスで就職する日本人は、まずCDDかintérimから始まることが多い。そこからCDIに転換できるかどうかが、フランスでの長期滞在の安定性を左右する。

転職活動の文化も日本とは異なる。フランスでは「同じ会社に長くいること」が必ずしもネガティブに見られない。CDIを得たら辞めない、という行動は合理的だ。辞めれば銀行も大家も態度を変える。

この構造を「硬直的だ」と批判するのは簡単だが、CDIを持つ側にとっては強力な安全網でもある。労働市場の流動性が高い日本やアメリカとは、「安定」の設計思想が根本的に異なる。どちらが正しいという話ではなく、フランスはこういうルールで動いている、という話だ。

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