フランスには35,000の「村」がある——世界一細かい行政区画の正体
フランスにはコミューン(commune)と呼ばれる基礎自治体が約35,000ある。EU全体のコミューン数の約40%をフランスが占める。人口7人の村にも村長がいる。なぜフランスはこの極端な分散行政を維持しているのか。
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フランスには約34,945のコミューン(commune)がある(INSEE、2024年1月時点)。ドイツは約10,800、イタリアは約7,900、スペインは約8,100。EU全体のコミューン数の約40%をフランス一国が占めている。人口7人のコミューン(Rochefourchat、ドローム県)にも選挙で選ばれた村長(maire)がいる。
日本の市町村数が約1,700であることを考えると、フランスは人口が日本の半分なのに自治体数が20倍あることになる。
コミューンとは何か
コミューン(commune)はフランスの最小行政単位で、日本の市区町村に相当する。パリのような大都市もコミューン、人口10人の山村もコミューン。同じ法的地位を持つ。
各コミューンには市議会(conseil municipal)と市長(maire)がいる。市長は市議会議員の互選で選ばれ、任期は6年。市長の権限は広い——戸籍管理、婚姻の執行(フランスでは市長が結婚式を執り行う法的義務がある)、都市計画の決定、学校の管理、地域の治安維持にまで及ぶ。
人口50人のコミューンでも7人の市議会議員を選出する義務がある。候補者が議員数に満たない場合は立候補を呼びかけることになるが、過疎地では「やりたい人がいない」問題が深刻だ。
なぜ35,000もあるのか——フランス革命の遺産
この数は偶然ではなく、フランス革命の直接的な遺産だ。
1789年の革命後、国民議会(Assemblée nationale constituante)は1789年12月14日の法令で、フランス全土の教区(paroisse)をそのまま行政単位(commune)に転換した。革命前の教区数がおよそ44,000。つまりフランスのコミューンは「カトリック教会の教区を世俗化したもの」だ。
その後200年以上かけて合併が進み、44,000から35,000まで減った。だが減少ペースは遅い。日本の「平成の大合併」(1999〜2010年)で市町村が3,200から1,700に半減したような劇的な再編は、フランスでは起きていない。
なぜ合併が進まないのか
フランス政府は何度も合併を試みた。1971年のMarcellin法は自発的合併を促進するために交付金を用意したが、効果は限定的だった。2015年のNOTRe法はコミューンの広域連携(intercommunalité)を義務化したが、コミューン自体の廃止には踏み込まなかった。
合併が進まない理由は明確だ——市長が反対する。
フランスの市長は地域社会の中心人物であり、全国に約35,000人いる市長は強力な政治的ロビー集団を形成している。「Sénat(元老院、上院)」は地方自治体の代表機関としての性格が強く、市長経験者が多数を占める。コミューンの数を減らすことは、上院の票田を削ることに等しい。
住民側も合併に消極的だ。小さなコミューンの住民にとって、村長は「名前で呼べる」行政窓口だ。合併して隣町の市役所まで行かなければならなくなることへの抵抗感が強い。
Commune Nouvelle——折衷案としての「新コミューン」
2010年以降、「Commune nouvelle(新コミューン)」という制度が導入された。複数のコミューンが合併して一つの新コミューンを形成するが、旧コミューンは「commune déléguée(委任コミューン)」として名前と一定の機能を残すことができる。
2015年以降、1,200以上のコミューンがcommune nouvelleに参加し、コミューンの総数は約2,500減少した。それでも35,000近い数が残っている。
commune nouvelleの仕組みは日本の「合併特例区」に似ているが、フランスの場合は旧コミューンのアイデンティティを維持することに非常に敏感だ。合併後も旧村名を公式に使い続けられることが、参加の条件になることが多い。
在住者にとっての「コミューン」
フランスに住むと、自分が属するコミューンの存在を意識する場面が多い。
- 住民登録: コミューンの市役所(mairie)で行う
- 選挙: コミューンの選挙人名簿に登録。在住外国人はEU市民のみ地方選挙に参加できる(日本人は不可)
- 学校: 公立小学校はコミューンが管理。学区はコミューン単位
- ゴミ収集・水道: コミューンまたは広域連合(intercommunalité)が管理
パリは特殊で、20のarrondissement(区)に分かれているが、法的にはパリ全体で1つのコミューンだ。リヨンやマルセイユも同様に区を持つが、コミューンとしては1つ。
地方に住むと、コミューンの「距離感の近さ」を実感する。村長に直接相談に行く、市議会に傍聴に行く、という行為の敷居が低い。35,000という数字は非効率の象徴に見えるが、「自分の声が届く行政」という観点では合理的な一面もある。
主な参照: INSEE「Nombre de communes en France」2024年データ、Code général des collectivités territoriales(地方自治法典)、Direction générale des collectivités locales(DGCL)統計、Association des Maires de France資料