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フランス人はなぜ水道水を飲みながらエビアンを買うのか——水をめぐる矛盾

フランスの水道水は飲用可能で、レストランでは無料のカラフ・ドー(水差し)を頼める。一方でフランスはミネラルウォーター消費大国でもある。エビアン、ヴォルヴィック、ペリエ——この国の水への執着には、衛生観念と味覚とマーケティングの歴史が絡み合っている。

2026-05-11
フランス水道水ミネラルウォーターエビアン飲料水レストラン

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フランスの水道水は飲める。パリの水道水は年間100万回以上の水質検査を受けており、EUの飲料水指令(Directive 98/83/CE)の基準を全項目で満たしている。それなのに、フランスは一人あたり年間約120リットルのミネラルウォーターを消費する(BRGM統計)。エビアン、ヴィッテル、ヴォルヴィック、ペリエ、バドワ——世界的なミネラルウォーターブランドの多くがフランス生まれだ。

安全な水道水がある国で、なぜ水を買うのか。

Carafe d'eau——レストランの無料の水

フランスのレストランでは「Une carafe d'eau, s'il vous plaît(水差しをお願いします)」と言えば、水道水が無料で出てくる。法的に、飲食店は無料の飲料水を提供する義務がある(Code de la santé publique)。

ただし、ウェイターは先に「Eau plate ou gazeuse?(ガスなし?ガスあり?)」と聞いてくることが多い。これに答えるとボトルのミネラルウォーター(€3〜€7 / 約480〜1,120円)が来る。Carafe d'eauが欲しいなら、明確に「carafe d'eau」と指定する必要がある。初めてのフランスで何も知らずに「plate」と答えて€5のエビアンが出てきた、というのは在住日本人の通過儀礼のようなものだ。

水道水の味——石灰�ite問題

フランスの水道水が飲めるのは事実だが、地域によって「味」に大きな差がある。

パリの水道水は石灰質(calcaire)が多い硬水だ。硬度は約280mg/L。東京の水道水が約60mg/L、軟水のエビアンでも304mg/L(エビアン自体が硬水)なので、パリの水は「ヨーロッパの都市水道としては普通」だが、日本の軟水に慣れた舌にはかなり違和感がある。

ケトルやコーヒーメーカーに白い結晶が付着する。シャワーヘッドが詰まる。これはカルシウムとマグネシウムの沈着で、フランスの家庭では浄水フィルター(Brita等)を使う人が多い。

一方、中央山地(Massif Central)の火山性地層を通った水は軟水で、ヴォルヴィックの源泉がある地域の水道水は非常にまろやかだ。フランス南西部も比較的軟水が多い。

ミネラルウォーターという「文化」

フランスのミネラルウォーター産業は単なる飲料業界ではなく、19世紀の温泉療法(thermalisme)の延長線上にある。

ヴィシー、エビアン、ヴィッテルといった町は温泉保養地として栄え、その「薬効のある水」をボトルに詰めて販売したのが始まりだ。フランスでは「eau minérale naturelle(天然ミネラルウォーター)」の認定に厚生省の許可が必要で、水源の保護や成分の安定性が法律で厳格に規制されている。

フランスのスーパーのミネラルウォーター売り場は巨大だ。

  • Evian: 1.5L約€0.60〜€0.80(約96〜128円)——硬度304mg/L。世界で最も売れているフランスの水
  • Volvic: 1.5L約€0.50〜€0.70(約80〜112円)——硬度71mg/L。日本人の口に合いやすい
  • Vittel: 1.5L約€0.50〜€0.70(約80〜112円)——硬度399mg/L。カルシウムが多い
  • Contrex: 1.5L約€0.50〜€0.70(約80〜112円)——硬度1,468mg/L。超硬水。ダイエット用として知られる
  • Perrier: 750ml約€0.90〜€1.30(約144〜208円)——炭酸水の代名詞
  • Badoit: 750ml約€0.80〜€1.20(約128〜192円)——微炭酸。食事に合わせる水

日本のコンビニでエビアンが1本€2〜€3相当で売られていることを考えると、本場フランスでの安さに驚く。

環境問題と揺れるペットボトル文化

フランスではペットボトルの環境負荷が社会問題になっている。2020年のAGEC法(Anti-gaspillage pour une économie circulaire)により、公共施設への給水機設置が義務化され、2025年からはペットボトルのリサイクル率目標が77%に設定された。

パリでは「Eau de Paris」が市内に約1,200か所の公共飲料水栓(fontaine à boire)を設置している。歴史的なWallace噴水(Fontaine Wallace、1872年設置開始)もその一部で、市内約100か所で今も飲料水を供給している。

若い世代を中心にマイボトルに水道水を入れて持ち歩く人が増えている一方、レストランでペリエを頼む習慣は根強い。

在住者の選択

フランスに住む日本人の多くは、最初は水道水の硬さに戸惑い、Britaフィルターかヴォルヴィック(硬度が低い)に落ち着く。パリ在住なら水道水+フィルターが最もコスパが良い。月€30〜€50のミネラルウォーター代が浮く。

炭酸水が好きなら、SodaStreamで水道水を炭酸水にする家庭も多い。ペリエを毎日買うより経済的だ。

水は「飲めればいい」のか「味わうもの」なのか。フランス人の水への態度は、食全体への姿勢と地続きだ。


主な参照: Eau de Paris公式サイト水質データ、BRGM(フランス地質調査所)ミネラルウォーター統計、ARS(地域保健局)水質検査報告、AGEC法条文

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