ベッティングショップ——イギリスの商店街に賭博店が並ぶ理由
イギリスの商店街にはBookmaker(賭博店)が普通に並んでいる。Ladbrokes、William Hill、Paddy Power——全土に約6,500店。合法賭博の市場規模は年£140億超。なぜこの国では賭けが「日常」なのか。
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イギリスの商店街(High Street)を歩くと、パン屋とチャリティショップの間にLadbrokes、William Hill、Paddy Powerの看板が見える。中では昼間からスクリーンに映る競馬を見ながら、人々が賭けている。これが違法ではなく、日常の風景であることに、日本から来ると驚く。
イギリス全土のベッティングショップは約6,500店(Gambling Commission、2023年データ)。ピーク時の2014年には約8,800店あったが、規制強化とオンライン賭博への移行で減少傾向にある。それでも、Tescoの約3,400店より多い。
1961年——賭博が合法化された年
イギリスで路上の賭博店が合法化されたのは1961年、Betting and Gaming Actによる。それ以前は「賭博は違法」だったのか? そうでもない。賭博自体は古くから存在し、競馬場での賭けや電話でのBookmaker利用は合法だった。ただし「賭博専門の店舗を構える」ことが禁じられていただけだ。
1961年以前、労働者階級の男たちは裏通りでStreet Bookie(非合法の賭博仲介人)と取引していた。政府は「規制できない地下経済より、合法化して税金を取った方がいい」と判断した。以来60年以上、ベッティングショップはイギリスの商店街の風景になっている。
何に賭けるのか
ベッティングショップで賭けられる対象は幅広い。
競馬(Horse Racing) は最も伝統的な賭けの対象だ。イギリスには59のJockey Club公認競馬場があり、年間約1,500日のレースが開催される。Grand National(毎年4月)は年間最大のベッティングイベントで、普段賭けをしない人もこの日だけは賭ける。
サッカー(Football) はベッティング市場で最大のカテゴリだ。プレミアリーグの試合結果、スコア、得点者、コーナーキック数まで、あらゆる要素が賭けの対象になる。
それ以外 がイギリスらしい。次の国王の名前、クリスマスNo.1ソング、ロイヤルベビーの名前、ブレグジットの結果——政治からエンターテインメントまで、Bookmakerは何にでもオッズをつける。2023年には「2024年の英国首相は誰か」にLadbrokesが公式オッズを出していた。
FOBTと規制強化
ベッティングショップが社会問題化したのは、FOBT(Fixed Odds Betting Terminal)の登場だった。カジノ型のスロットマシンで、1回の賭け金上限が£100(約19,500円)。30秒に1回プレイできるため、理論上1時間で£12,000(約234万円)を失える計算だった。
「低所得地域にFOBTが集中し、貧困層からさらに金を吸い上げている」という批判が高まり、2019年に1回の賭け金上限が£100から£2(約390円)に大幅引き下げられた。この規制変更により、ベッティングショップの収益構造は激変し、大量閉店が起きた。2019年だけで約700店が閉店している。
オンライン賭博への大移動
FOBT規制と同時に起きたのが、オンライン賭博への移行だ。Gambling Commissionの報告によれば、2023年のイギリスの合法賭博市場は年間GGY(Gross Gambling Yield=粗利)で約£143億(約2.8兆円)。このうちオンライン賭博が約50%を占め、店舗型ベッティングショップは約10%まで縮小している。
Bet365、Flutter(Paddy Power / Betfairの親会社)、Entain(Ladbrokes / Coralの親会社)といった大手は、オンラインプラットフォームに投資を集中させている。スマートフォンのアプリで、プレミアリーグの試合中にリアルタイムで賭けられるin-play bettingが急成長している。
「ギャンブルは恥ずかしくない」という文化
イギリスでは賭けは「趣味」として公然と語られる。Grand Nationalの前にはオフィスでSweepstake(共同賭け)が行われる。だがこの「カジュアルさ」が問題でもある。Gambling Commissionの推計ではproblem gamblerが約30万人、at riskが約170万人。広告規制やAffordability Check(支払い能力確認)の導入など、規制は年々厳しくなっている。
在住者にとってのベッティングショップ
日本人在住者がベッティングショップに入るハードルは低い。18歳以上であれば利用可能で、身分証明の提示を求められることは初回以外ほとんどない。
Grand Nationalに£5(約975円)賭けてみる——というのは、イギリス文化を体験する一つの方法だ。結果がどうあれ、「なぜこの馬を選んだのか」を同僚と語り合えるネタになる。
ただし、オンライン賭博アプリのダウンロードは慎重に。スマートフォンで24時間賭けられる環境は、文化体験の域を超えやすい。ベッティングショップの「店舗に行く」という物理的な手間が、実はブレーキとして機能している面がある。
主な参照: Gambling Commission Annual Report 2023、Betting and Gaming Act 1961、DCMS Gambling Review White Paper 2023、Gambling Commission統計データ