イギリスの階級制度、日本人には見えない場面で今も機能している
発音・学校名・食べ物の呼び方でイギリスでは階級が分かる。日本人にとって見えない壁がビジネス・住居・パーティーのどこにあるかを具体的な場面で示す。
イギリスに階級制度があることは、日本人も知っている。でもそれが「今も日常的に機能している」ことは、住んでみないと実感しにくい。
法律上の階級はない。公爵や伯爵はいるが、法的な特権はほぼない。それなのに、イギリス人同士は5分会話すれば相手の階級が分かる。日本人にはその5分間に何が起きているのかが見えない。
発音で分かる: Received Pronunciation vs Estuary English
イギリスの英語は、発音で階級が判別できる。
Received Pronunciation(RP): いわゆる「クイーンズ・イングリッシュ」。BBCのニュースキャスターが使う発音。上流階級〜上位中産階級の標準。「bath」を「バース」と発音する。「grass」は「グラース」。
Estuary English: ロンドン周辺の労働者階級〜中産階級の発音。「th」が「f」になる(「three」→「free」)。「t」が喉の奥で止まるグロッタルストップ(「water」→「wo'er」)。
各地方のアクセント: リバプール、マンチェスター、バーミンガム、スコットランド——地方アクセントは一般的に労働者階級と結びつけられる(ただしスコットランドのアクセントは別の文脈がある)。
日本人が英語を話すとき、「日本人のアクセント」として認識されるため、階級の判定対象にはならない。これは実はメリットだ。イギリス人は日本人の英語から階級を読み取れないから、先入観なしで接してくれることが多い。
学校名で分かる: Public School vs State School
イギリスで「What school did you go to?」と聞かれたら、それは学歴の確認ではなく階級の確認だ。
- Public School(Eton、Harrow、Winchester等): 私立の名門校。年間学費£30,000〜50,000(約600万〜1,000万円)。上流階級〜上位中産階級の子弟が通う。イギリスの首相のうち約20人がイートン校出身
- Grammar School: 成績選抜制の公立校。学費無料。中産階級の上昇手段
- Comprehensive School: 非選抜の公立校。学費無料。労働者階級〜中産階級
日本人が「I went to a school in Tokyo」と答えると、イギリス人は階級を判定できない。これもある意味で有利に働く。
食べ物の呼び方で分かる
同じものを指す言葉が階級によって違う。
| 概念 | 上流〜上位中産階級 | 労働者階級 |
|---|---|---|
| 夕食 | Dinner(もしくはSupper) | Tea |
| デザート | Pudding | Dessert / Afters |
| 居間 | Drawing room / Sitting room | Lounge / Living room |
| トイレ | Lavatory / Loo | Toilet |
| ソファ | Sofa | Settee / Couch |
「Tea」はお茶ではなく夕食を意味する場合がある。「Shall we have tea?」が「お茶しよう」なのか「夕飯食べよう」なのかは、話している人の階級で変わる。
日本人はこの区別を知らないから、どちらの単語を使っても「外国人だから分からないんだな」で済む。でもイギリス人同士では、この単語選びで互いの階級を瞬時に判定している。
ビジネスの場で何が起きるか
日本人がロンドンで仕事をするとき、階級の壁が見えにくいまま影響を受ける場面がいくつかある。
1. ネットワーキング: 金融業界のシニアポジションには、Public School出身者が多い。彼らのネットワークは学校時代からの人間関係がベースで、外部から入りにくい。日本人がこのネットワークに入れないのは「外国人だから」だけでなく、「同じ学校を出ていないから」でもある。
2. パブの選択: ロンドンのパブは実は地域と客層で分かれている。金融街(シティ)のパブはスーツ姿の中産階級以上。東ロンドンのパブは若いクリエイティブ層。同じ「パブに行こう」でも、どのパブに行くかで相手のポジショニングが見える。
3. 服装のコード: 日本人ビジネスマンはスーツを着ていれば問題ないが、スーツのブランド・仕立て・靴の種類にも暗黙のコードがある。イギリスの上流階級は「さりげなく良いもの」を着る。目立つブランドロゴは中産階級以下とみなされる。
住む場所の選択
ロンドンの地域選びは、階級構造をそのまま反映している。
- ケンジントン、チェルシー、メイフェア: 上流階級。駐在員の中でも上級管理職向け
- ハムステッド、イズリントン: 上位中産階級。インテリ層、メディア関係者
- クラパム、バルハム: 若い中産階級。20〜30代のプロフェッショナルが多い
- ブリクストン、ペッカム: 歴史的に労働者階級だが、ジェントリフィケーション(高級化)が進行中
日本人駐在員は「日本人が多いエリア」(フィンチリー、アクトンなど)に住むことが多いが、そのエリアの階級的なポジションを意識している人は少ない。だがイギリス人に「Where do you live?」と聞かれたとき、答えた地名で相手は瞬時に何かを読み取っている。
パーティーの招待状
イギリスの社交パーティーは階級ごとに分かれている。上流階級の「dinner party」に労働者階級の人が招かれることは基本的にない。
日本人は「外国人枠」として階級横断的に招かれることがある。これは逆に言えば「階級の外側にいる」から可能なことであり、イギリス人にはできない動き方だ。
ただし「招かれる」ことと「受け入れられる」ことは違う。パーティーでの会話の話題、ユーモアのトーン、食事のマナー——これらが「合っている」かどうかで、次回も招かれるかが決まる。
日本にも階級はあるのか
日本人は「日本に階級はない」と思いがちだが、イギリスの視点から見ると、日本にも明確な社会的階層がある。学歴、勤務先の企業名、住んでいるエリア——これらは日本社会の中でも「格付け」として機能している。
ただし日本の階層は「見えにくい」設計になっている。スーツは全員同じようなものを着るし、発音で出身地は分かっても社会的地位は分かりにくい。名刺を交換して初めて「あ、大企業の部長か」と分かる仕組みだ。
イギリスは逆に「見える」設計になっている。5分の会話で分かるように作られている。この「可視性の差」が、日本人にイギリスの階級制度が見えにくい最大の理由だと思う。
見えないだけで、今も機能している。そしてイギリスに住む日本人は、見えないまま、その中を歩いている。