チキンティッカマサラはイギリス料理だ——それが意味すること
イギリスの国民食はフィッシュアンドチップスではなくカレー。移民がもたらした料理が国民食になる過程を、イギリスの多文化社会の縮図として読む。
チキンティッカマサラはインド料理ではない。イギリス料理だ。この一文に反射的に「いや、インド料理でしょ」と思った人は、イギリスの食文化の本質を見逃している。
2001年、当時のイギリス外務大臣ロビン・クックは演説でチキンティッカマサラを「真のイギリスの国民食(a true British national dish)」と呼んだ。これは政治的リップサービスではなく、事実の認定だった。
チキンティッカマサラの正体
チキンティッカマサラのルーツには複数の説がある。最も有名なのはグラスゴー説。1970年代、グラスゴーのバングラデシュ系レストランで、客が「チキンティッカ(ヨーグルトに漬けて焼いた鶏肉)が乾きすぎている」と不満を言い、シェフがキャンベルのトマトスープをベースにしたソースをかけた——これがチキンティッカマサラの起源だという話だ。
真偽は不明だが、重要なのは「インドの料理をイギリス人の味覚に合わせて改変した」という構造だ。
インドにチキンティッカマサラという料理は伝統的に存在しない。チキンティッカ(焼き鶏肉)はあるが、あのクリーミーなトマトソースはイギリスで生まれた。つまりチキンティッカマサラは、インドの食材と技法をイギリスの味覚(マイルドでクリーミーなものを好む)に適応させたハイブリッド料理だ。
イギリスとカレーの歴史
イギリス人がカレーを食べ始めたのは18世紀の大英帝国時代まで遡る。インドに赴任したイギリス人がカレーの味を覚え、帰国後もその味を求めた。
1810年、ロンドンにイギリス初のインド料理レストラン「Hindoostane Coffee House」が開業した。ただし当時のカレーはまだ上流階級のエキゾチックな嗜好品であり、一般庶民の食卓には上がらなかった。
大衆化のきっかけは、第二次世界大戦後の移民だ。
バングラデシュ系移民がつくった「カレー産業」
1947年のインド・パキスタン分離独立、1971年のバングラデシュ独立戦争——これらの歴史的激動の中で、多くの南アジア系移民がイギリスに渡った。
特にバングラデシュのシレット地方出身者がイギリスのカレーレストラン産業を築いた。イギリスのいわゆる「インド料理レストラン」の大半は、実はバングラデシュ系の経営者が運営している。
彼らが始めたのは、「インド料理」をイギリス人向けにローカライズした料理だ。本場のインド料理はスパイスが強く、イギリス人には辛すぎた。辛さを抑え、クリームやバターを多用し、マイルドでリッチな味わいに仕上げた。チキンティッカマサラ、コルマ、バルティ——これらはイギリスで生まれた「イギリス式インド料理」だ。
金曜の夜のカレー
イギリスには「Friday night curry」という文化がある。金曜の夜にパブでビールを飲んだ後、インド料理レストラン(地元では "Indian" と呼ばれる)で締めのカレーを食べる。
イギリス全土に約10,000軒以上のインド料理レストランがあるとされる。これはイギリスの外食産業の中で最大のカテゴリの一つだ。
カレーはもはや「エスニック料理」ではない。パブのビールと同じくらい「イギリスの日常」に組み込まれている。
移民料理が「国民食」になる条件
カレーがイギリスの国民食になったプロセスには、いくつかの条件がある。
まず、時間。カレーがイギリスに根付くまでに200年以上かかっている。一世代や二世代ではなく、何世代にもわたる文化的浸透が必要だった。
次に、ローカライズ。本場のまま持ち込まれた料理は「エスニック」のまま留まる。イギリス人の味覚に適応させた「変形版」が生まれて初めて、大衆化への道が開ける。チキンティッカマサラがインドの料理ではなくイギリスの料理なのは、この変形の過程そのものがイギリスで起きたからだ。
そして、社会的受容。移民に対する差別や偏見がある一方で、彼らの食文化は受け入れられた——この非対称性はイギリスの多文化社会の複雑さを象徴している。「インド人を差別するけどカレーは食べる」という矛盾は、食文化の浸透が政治的・社会的な受容とは別のルートで進むことを示している。
フィッシュアンドチップスの皮肉
ちなみに、「イギリスの伝統料理」として語られるフィッシュアンドチップスも、移民料理だ。
フィッシュ(白身魚のフライ)はポルトガルまたはスペイン系ユダヤ人が持ち込んだ調理法。チップス(フライドポテト)はフランスまたはベルギー起源とされる。両者が19世紀のイギリスで合体して「フィッシュアンドチップス」になった。
つまりイギリスの二大国民食——フィッシュアンドチップスもカレーも——どちらも「外から来て、イギリスで変形して、イギリスのものになった」料理だ。
これはイギリスという国のアイデンティティそのものを映している。島国でありながら帝国として世界中から人とモノを引き寄せ、それを消化して自分のものにする。食文化はこのプロセスの最も美味しい証拠だ。
日本のカレーとの平行線
日本のカレーライスも同じ構造を持っている。イギリス海軍経由でインドのカレーが日本に伝わり、日本人の味覚に合わせて独自の進化を遂げた。ルウを使ったとろみのあるカレーはインドにもイギリスにもない「日本料理」だ。
カレーという料理は、各国の食文化に入り込み、その国独自の形に変容する能力を持っている。インドのカレー、イギリスのカレー、日本のカレー——同じ名前でも全く別の料理であり、それぞれの国の食文化と移民の歴史を反映している。
チキンティッカマサラがイギリス料理であるように、日本のカレーライスは日本料理だ。そして両方とも、その国の「外からの影響を取り込んで自分のものにする力」の証明になっている。