二階建てバスはなぜイギリスだけで生き残ったのか
ロンドンの赤い二階建てバスは観光アイコンだが、実は合理的な都市交通の解だった。狭い道路と高い土地代が生んだ垂直輸送の論理と、現代の電動化を追う。
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パリにもベルリンにもニューヨークにも二階建てバスはない。かつては多くの都市にあったが、ほとんどが廃止された。ロンドンの二階建てバスが生き残ったのは、ノスタルジーではなく都市構造の必然だ。
垂直に人を積む合理性
ロンドンの道路は狭い。中世の街路構造がそのまま残っている地域が多く、道幅を広げてバスを大型化する選択肢がない。かといって、路線を増やすには停留所の用地が足りない。
解は「バスを縦に伸ばす」ことだった。1台の二階建てバスは約87人を運べる。同じ全長の一階建てバスでは55〜60人が限界だ。道路の専有面積あたりの輸送効率は、二階建てのほうが40%以上高い。
Routemasterの伝説
1956年に導入されたAEC Routemasterは、2005年まで約50年間ロンドンの街を走り続けた。後部オープンデッキ(飛び乗り・飛び降り可能)、クルーとしてバスコンダクター(車掌)が乗務する運行スタイルは、ロンドンの風景そのものだった。
廃止の理由はバリアフリー対応。車椅子やベビーカーでの乗車が不可能だったため、DDA(Disability Discrimination Act)の要件を満たせなかった。
New Routemaster——そして失敗
2012年、ボリス・ジョンソン市長(当時)の肝いりで「New Routemaster」が導入された。1台あたりの製造コストは約£355,000(約6,923万円)。通常のバスの約2倍だ。
デザインは好評だったが、夏場の冷房性能不足と「開かない窓」が大きな批判を浴びた。さらにハイブリッドエンジンの燃費が期待値を下回り、維持費もかさんだ。2024年に新規発注は打ち切られた。
電動化の現在
TfL(Transport for London)は2034年までにロンドンのバス全車両をゼロエミッション化する目標を掲げている。現在、BYD(中国)やADL(イギリス)製の電動二階建てバスが導入されており、2024年時点でロンドンのバスの約15%がゼロエミッション車だ。
電動二階建てバスの1台あたりのコストは約£500,000(約9,750万円)。ディーゼル車の約2.5倍だが、燃料費と整備費で10年以内に回収できるとされている。
上の階から見えるロンドン
二階建てバスの2階最前列は、ロンドンで最も贅沢な景色が見える場所だ。Oyster Cardをタッチして£1.75(約341円)を払うだけで、ビッグベン、セントポール大聖堂、タワーブリッジを眺めながら移動できる。同じルートをタクシーで走ると£15〜£25(約2,925〜4,875円)かかる。
地下鉄では見えない街の表情——建物のファサード、通りの色、人の流れ——が二階建てバスからは見える。通勤手段としては遅い。でもイギリスの都市設計が「効率」と「景観」のどちらを優先してきたかを考えると、二階建てバスが走り続けていること自体が答えだ。