フィッシュ&チップスが「ナショナルフード」になった理由——移民と戦争と大衆食堂の歴史
フィッシュ&チップスの起源はユダヤ移民とベルギー系移民の融合料理だった。第二次大戦での配給免除、現在の約10,500店、カリーとの国民食争いまで歴史をたどる。
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ロンドンの路地裏で、「Fish and Chips, please.」と注文する。新聞紙もどきの包み紙に入ったタラのフライと、ざっくり揚がったポテト。£12〜15(約2,300〜2,900円)はする。決して安くない。
でもイギリス人は「これが国民食だ」と言って疑わない。
実は、フィッシュ&チップスはイギリス発祥の料理ではない。移民が持ち込み、戦争が守り、労働者階級が育てた料理だ。
起源——ふたつの移民が生んだ融合料理
フライドフィッシュ(衣をつけて揚げた魚)をイギリスに持ち込んだのは、17〜19世紀に移住したセファルディ系ユダヤ人とされる。ポルトガルやスペインから逃れたユダヤ難民が、金曜日の安息日前夜に魚を揚げて保存する文化を持ち込んだという説が有力だ。
一方、フライドポテト(チップス)の普及に貢献したのは、ベルギーやフランス系移民だった。19世紀のイングランド北部では、ポテトフライが安価な労働者の食事として定着していた。
この2つが組み合わさったのが1860年代ごろとされる。最初の「フィッシュ&チップス店」については諸説あり、ロンドンのジョセフ・マリン(1860年代)とランカシャーのジョン・リーズ(1863年)の2人が「発祥の父」を争っている。
どちらが先かは今もわからないが、「移民が持ち込んだ料理が、他の移民のアイデアと合わさって英国の国民食になった」という事実は変わらない。
大戦が「守った」食べ物
フィッシュ&チップスが20世紀に「国民食」の地位を確立した大きな要因のひとつが、第一次・第二次世界大戦だ。
第二次大戦中、英国では食料配給制が実施された。肉・バター・砂糖・紅茶まで配給対象になったが、フィッシュ&チップスは配給制から外された。
当時の政府がそう判断したのは、「戦時中の労働力維持に必要な食料」だったからとされる。工場や炭鉱で働く労働者の手軽なタンパク源として、フィッシュ&チップスは安定供給が求められた。チャーチルは「the good companions(良き仲間たち)」と呼んだという話も伝わっている(出典は不明瞭で伝説的要素が強いが、大戦期に重視されたのは確かだ)。
この時代、フィッシュ&チップスの店舗数は急増した。1930年代には全国で約30,000店を数えたという記録もある(Seafish産業庁の歴史資料による)。
現在の規模——10,500店、年間4億食
2024年時点で、英国のフィッシュ&チップスショップ(「Chippy」と呼ばれる)の数は約10,500店(Seafishの推計)。
ピーク時の30,000店と比べると3分の1だが、ファストフードが多様化した現代でもこの規模を維持しているのは相当なものだ。
英国全体での年間消費量は約4億食とも言われ、1人あたりに換算すると年5〜6回の計算になる。
値段はというと、昨今のインフレで急騰した。2010年代には£5〜7(約975〜1,365円)だったのが、2024年には£12〜15が標準になっている。原因は魚(主にタラとハドック)の仕入れ価格上昇、揚げ油の高騰、最低賃金の引き上げが重なったためだ。「フィッシュ&チップスは庶民の食べ物」というイメージと、価格の乖離が進んでいる。
魚の選び方——タラかハドックか
英国内でも地域によって使う魚が異なる。
| 地域 | 主な魚 | 特徴 |
|---|---|---|
| イングランド南部・ロンドン | タラ(Cod) | 白身で淡白。フライに合う |
| スコットランド・北イングランド | ハドック(Haddock) | 少し甘みがあり、地元民には人気 |
| 一部地域 | プレイス(Plaice)、カレイ類 | より安価 |
ロンドンで「Fish, please.」と頼めば自動的にタラが出てくることが多い。「Cod or Haddock?」と聞かれたら地域性のある店だ。
カリーとの「国民食争い」
フィッシュ&チップスの「国民食」の座を脅かしているのが、インド・バングラデシュ系移民がもたらしたカリーだ。
英国のカレー産業は、チキンティッカマサラを筆頭に、年間約45億ポンド(約8,775億円)規模に成長した(British Curry Awardsの推計)。カリーレストランの数は全国で約12,000店とされ、フィッシュ&チップスショップに迫っている。
チキンティッカマサラはスコットランド系シェフが「客の要望に応えてクリーミーソースをかけた」ことで生まれたとも言われ、フィッシュ&チップスと同様に「移民文化と英国が融合して生まれた料理」という点では共通している。
2001年には、当時の外務大臣ロビン・クック氏が「チキンティッカマサラはイギリスの国民食だ」とスピーチで言及し、話題になった。フィッシュ&チップス派は「何を言うか」と反発したが、どちらが「より国民食か」は今も決着していない。
結局、なぜ「国民食」なのか
フィッシュ&チップスが「イギリスのアイコン」であり続けるのは、それが「純粋なイギリス料理」だからではない。むしろ逆で、「移民が持ち込み、労働者が育て、戦争が守った」という複雑な歴史が、今日の英国の成り立ちと重なっているからではないか。
ロンドンはいつの時代も移民の街だった。フィッシュ&チップスはその象徴のひとつだ。
参考情報
- Seafish(英国水産業界団体): seafish.org
- National Federation of Fish Friers: federationoffishfriers.co.uk