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ティッカ・マサラと英国食文化——「国民食」が生まれた理由

チキン・ティッカ・マサラが英国の「国民食」と呼ばれるまでの経緯と、多様性が英国食文化をつくった構造を在住外国人の視点で解説。カレーハウスと英国社会の関係も。

2026-04-26
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この記事の日本円換算は、1GBP≒195円で計算しています(2026年4月時点)。

2001年、当時の外務大臣ロビン・クックが演説でこう言った。「チキン・ティッカ・マサラは英国の国民食だ」と。インド料理がイギリスの外交演説に登場したことはちょっとした話題になったが、英国に住んでいると、この言葉が誇張でないことがわかってくる。

ティッカ・マサラは「英国産」

チキン・ティッカ・マサラはインド料理ではない、という話から始める必要がある。

チキン・ティッカ(タンドール窯で焼いた鶏肉)はインド料理だが、トマトクリームソースで仕上げるティッカ・マサラは、1960〜70年代に英国のインド料理レストランで生まれたとされる。英国人客が「ソースがほしい」と言ったのに対し、厨房にあったトマト缶とスパイスで即興で作ったのが始まり、という逸話もある(由来については複数の説がある)。

英国で生まれ、英国人に受け入れられ、英国の「国民食」になった料理。それがティッカ・マサラだ。

バーミンガムのカレー街

ロンドンのブリックレーンも有名だが、英国のカレー文化を語るならバーミンガムのブリンドリープレイス周辺、特に「バルティ・トライアングル」は外せない。パキスタン系移民が持ち込んだバルティ料理(鉄製の鍋で調理するスタイル)の店が集中するエリアで、地元の労働者階級から政財界の人物まで通う名店が並ぶ。

GBP 10〜15(約1,950〜2,925円)でボリュームのある食事ができるカレーハウスは、英国の外食文化の中で独特の位置を占めている。高くもなく安くもなく、誰でも入れる。

インド系・バングラデシュ系の人口と料理

英国のインド系人口は約176万人(2021年国勢調査)、バングラデシュ系は約63万人。バングラデシュ系コミュニティが英国の「インド料理レストラン」業界の相当部分を担ってきた歴史がある。これは英国の旧植民地との関係と移民の歴史が絡み合った構造だ。

英国に住む日本人が最初に驚くことのひとつが、カレーハウスの多さと安さだ。週1〜2回カレーを食べることが日常という英国人は珍しくない。「今日の夜は何食べる?」「インドかな」という会話が街で普通に起きる国だ。

「英国料理はまずい」は本当か

よく言われる「英国料理はまずい」という話は、半分以上は偏見だと在住者は感じる。英国産の食材——スコットランドのサーモン、ウェールズのラム、チェダーチーズ——は世界的な品質を持つ。パブのフィッシュ・アンド・チップスも、いい店で食べれば悪くない。

問題があるとすれば、かつて食材の質が高かった時代に調理技術が発達しなかったこと、と言われる。食材がよければ、手を加えなくてもうまいのだから。

英国食文化の豊かさは「英国料理」の中にあるのではなく、インド・中国・中東・アフリカ・東欧——移民が持ち込んだ料理が共存する多様性の中にある。ティッカ・マサラはその象徴として、今日も英国のどこかの厨房で作られている。

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