Away Day——イギリスのフットボールファンが毎週末500km移動する理由
プレミアリーグのアウェイファンは毎試合、平均300〜500kmを移動する。年間数十万円の遠征費、土曜15時のキックオフ、応援歌のレパートリー。Away Dayはスポーツ観戦ではなく巡礼だ。
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サンダーランドのファンがロンドンのアーセナル戦に行くとき、片道約450km。始発の電車で出て、パブでビールを飲み、90分の試合を見て、終電で帰る。往復10時間。チケット代£30(約5,850円)、交通費£80〜£120(約15,600〜23,400円)、ビールと食事で£40〜£60(約7,800〜11,700円)。1試合で£150〜£210(約29,250〜40,950円)。これを年間19回のアウェイ戦すべてに通うファンがいる。
勝てる保証はない。むしろ負ける確率の方が高い。それでも行く。Away Dayは試合を見る行為ではなく、所属を証明する行為だからだ。
土曜15時という聖なる時間
イングランドのフットボールには「Saturday 3pm(土曜15時)」という伝統がある。1960年代から続くこの慣習は、テレビ放送との関係で法的に保護されている。
イギリスの放送規制「Section 115」(Broadcasting Act 1996 / Ofcom規則)は、土曜日14:45〜17:15のイングランド国内のフットボール中継を禁止している。「テレビ中継があると観客がスタジアムに行かなくなる」という懸念から設けられたルールだ。プレミアリーグの試合でさえ、土曜15時キックオフの試合はイギリス国内で生中継されない。
結果、土曜15時の試合を見るには「スタジアムに行く」しかない。この制約が、Away Dayの文化を維持する構造的な条件になっている。
アウェイセクションの空気
イギリスのスタジアムでは、ホームファンとアウェイファンが完全に分離される。アウェイファンは通常、スタジアムの一角に割り当てられた「away end」に収容される。プレミアリーグでは各チームがアウェイ戦で最低3,000席のアウェイチケットを確保することが義務付けられている。
アウェイセクションの音量は異常だ。3,000人のアウェイファンが3万人のホームファンを圧倒することがある。なぜか。ホームファンには「座って見る」人が含まれるが、アウェイファンは全員が「歌うために来ている」からだ。金と時間をかけて遠征してきた人間は、90分間黙って座っていない。
応援歌(chant)はクラブごとに数十曲のレパートリーがある。選手個人の応援歌、クラブ讃歌、対戦相手を煽る歌。チェルシーのアウェイファンが歌う「Celery」では、文字通りセロリを投げるという謎の伝統がある(2007年にセロリの持ち込みが禁止された)。
アウェイチケットの経済学
プレミアリーグのアウェイチケットは上限£30(約5,850円)に規制されている(2016年導入)。シーズンチケット保有者には優先的にアウェイチケットが配分される。
交通費は場所による。ロンドンのクラブ同士(アーセナル vs トッテナムなど)なら地下鉄で済むが、ニューカッスル→ボーンマスのような遠征は片道500km超。鉄道のAdvance ticket(早割)で£30〜£60(約5,850〜11,700円)。当日購入だと£100(約19,500円)を超えることもある。
コスト削減のためにサポーターズバスを利用するファンも多い。クラブ公認または非公認のバスがアウェイ戦ごとに運行され、往復£20〜£40(約3,900〜7,800円)で行ける。ただし帰りのバスの車内は、勝てば天国、負ければ地獄だ。
なぜ「巡礼」なのか
Away Dayが単なるスポーツ観戦と違うのは、反復性と犠牲だ。
毎週末、同じ行動を繰り返す。金を払い、時間を費やし、寒さに耐え、負けて帰る。それでも翌週また行く。合理的に説明できない。だから「信仰」や「巡礼」という言葉が使われる。
社会学者のリチャード・ジュリアノッティは、フットボールファンの行動を「カーニバル的共同体」と分析した。日常の社会的役割(職業、階級、年齢)が一時的に無効化され、「サポーター」という単一のアイデンティティに統合される。Away Dayは、その統合が最も純粋に起きる場だ。自費で遠征してきた者だけがいる空間。
在住者のAway Day入門
イギリスに住んでいてフットボールに興味があるなら、一度Away Dayを体験してみる価値がある。
アウェイチケットはクラブの公式サイトから購入するのが基本。人気カードは抽選や会員限定になることがある。下部リーグ(Championship、League Oneなど)の方がチケットは取りやすく、雰囲気はプレミアリーグ以上に濃い。
最初のAway Dayで重要なのは、周囲と一緒に歌うことだ。歌詞はYouTubeで予習できる。音程は問われない。声量と情熱だけが評価基準だ。
500km移動して、2時間歌って、負けて帰る。翌日、職場で「昨日の試合どうだった?」と聞かれて「0-3で負けた」と答える。「それでもまた行くの?」と聞かれて「当然」と答える。その瞬間から、イギリスの一部になっている。
主な参照: Football Supporters' Association Away Fan Survey 2024、Ofcom Broadcasting Code Section 115、Premier League Handbook Away Ticketing規則