イギリス人はなぜ庭の物置小屋にこだわるのか——Garden Shedという聖域
イギリスの住宅文化を象徴するGarden Shed。物置を超えた「男の隠れ家」「創作工房」としての役割と、年間5億ポンド市場の裏側を読み解く。
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イギリスの住宅を内見していると、不動産エージェントが庭の奥にある木造の小屋を指差して「Garden shedもございます」と、まるで追加の部屋があるかのように説明する。実際、イギリス人にとってshedは物置ではない。
Shed of the Year
毎年開催される「Shed of the Year」というコンペティションがある。Channel 4(テレビ局)が放映するほどの国民的イベントで、カテゴリは「Pub Shed(パブ風)」「Workshop(工房)」「Eco Shed(環境配慮型)」「Unexpected(予想外)」など。2023年の優勝作品は、本格的なカクテルバーを備えたshedだった。
応募総数は毎年数千件。物置にここまで情熱を注ぐ国は他にない。
なぜShedが特別なのか
イギリスの住宅は日本に比べて部屋数が少ない。特にテラスハウス(連棟住宅)やセミデタッチド(二戸建て)では、家族全員が室内に集まると個人の空間がほぼなくなる。Shedは家の外にある「もう一つの部屋」として機能する。
文化的な背景もある。イギリスには「pottering(ポタリング)」という言葉がある。目的なくゆっくり作業すること——鉢植えの世話、工具の整理、何かを修理するふり——を指す。この「非生産的だが精神的に必要な時間」の舞台がshedだ。
市場規模と価格帯
イギリスのshed市場は年間約£500million(約975億円)。基本的な木製shedは£300〜£800(約5.9万〜15.6万円)で購入できる。ただし断熱材を入れ、電気を引き、窓をつけ、ペイントすると£2,000〜£5,000(約39万〜97.5万円)に跳ね上がる。
さらに「Summerhouse」と呼ばれる上位カテゴリになると£5,000〜£20,000(約97.5万〜390万円)。もはや小さな離れだ。
有名人とShed
ロアルド・ダール(『チャーリーとチョコレート工場』の著者)は庭のshedで全作品を書いた。フィリップ・プルマン(『ライラの冒険』シリーズ)も同様だ。shedで何かを作ることはイギリスの創作文化に根付いている。
産業革命期の発明家たちも、工場を持つ前はshedで試作品を作っていた。ガレージ起業がアメリカなら、イギリスはshed起業だ。
日本人が住んでみて気づくこと
イギリスの賃貸物件でshed付きの家に住むと、大家から「shedの中は好きに使っていい」と言われることがある。ただし構造は木造で断熱ゼロ、冬は結露でカビが生える。夏は虫が入る。物を保管するなら防湿対策が必須だ。
それでも、休日の午後にshedのドアを開けて、ラジオをつけて、特に何もしない——という時間の過ごし方は、イギリス生活の中でじわじわとわかるようになる贅沢かもしれない。