Greggs——ソーセージロール1本£1.25で読み解くイギリスの階級地図
イギリス最大のベーカリーチェーンGreggs。全土に2,400店超を展開し、ソーセージロールは国民食と化した。「Greggsに行くかどうか」が階級意識の境界線になる不思議な国の話。
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イギリスで最も政治的な食べ物はソーセージロールだ。もっと正確に言えば、Greggsのソーセージロールだ。
2019年、Greggsがヴィーガン・ソーセージロールを発売したとき、Good Morning Britainのキャスター、ピアース・モーガンはテレビでこれを食べて吐き出すパフォーマンスをした。Twitter(現X)では賛否が大炎上。Greggsの株価は翌月に急騰した。たかがパン屋のソーセージロール1本が、肉食文化、環境問題、階級意識、ジェンダー論を巻き込む騒動になる国。それがイギリスだ。
2,400店——コーヒーチェーンより多い
Greggsは1939年にニューカッスルで創業したベーカリーチェーン。2024年時点で全英に2,400店以上を展開している。比較のために言えば、スターバックスUKが約1,100店、Costa Coffeeが約2,700店。Greggsはコーヒー専門店ではないのに、それに匹敵する店舗数がある。
看板メニューのソーセージロールは£1.25(約244円)。ステーキベイク(パイ生地にステーキとグレイビーを詰めたもの)は£1.80(約351円)。サンドイッチやドーナツも含めて、ほぼ全商品が£3以下で買える。ロンドンのカフェでサンドイッチとコーヒーを買えば£8〜£10(約1,560〜1,950円)するエリアでの、£1.25のソーセージロールの存在感は大きい。
Greggsと階級
イギリスの食文化は階級と切り離せない。Waitrose(高級スーパー)で買い物をするか、Aldi(格安スーパー)に行くかは、単なる経済力の問題ではなく「自分がどの階級に属するか」のシグナルになる。
Greggsもこの文脈で語られる。長らくGreggsは「労働者階級(working class)の食べ物」とされてきた。建設現場の労働者が昼休みにソーセージロールとチャイティーを買う——そのイメージだ。
しかし2010年代後半から風向きが変わった。ヴィーガンメニューの導入、店舗デザインの刷新、SNSでのユーモラスなマーケティングが若い世代に刺さり、「Greggsに行くこと」が逆にクールになった。大学生がInstagramにGreggsのソーセージロールを投稿し、ロンドンのオフィスワーカーがランチにGreggsの紙袋を持って歩く。
階級の記号が反転する——こういう現象はイギリスでは定期的に起きる。かつて労働者のスポーツだったサッカーがプレミアリーグを通じて中流・上流にも浸透したのと同じ構造だ。
Meal Deal経済学
イギリスのランチ文化を語るうえで欠かせないのがMeal Deal(ミールディール)だ。サンドイッチ+飲み物+スナックのセットを定額で売る仕組みで、コンビニやスーパーでは£3〜£5(約585〜975円)が相場。
Greggsも独自のMeal Dealを展開している。ホットドリンク+ベイク類(ソーセージロール、ステーキベイク等)のBreakfast Deal(£2.85=約556円)は、通勤途中の定番だ。
Meal Dealの選び方は、イギリス人の間でかなり真剣に議論される話題だ。「どのスーパーのMeal Dealが最もコストパフォーマンスが良いか」というランキング記事が定期的にメディアに出る。Tescoか、Sainsbury'sか、Bootsか——生活費危機(cost of living crisis)のなかで、この数ポンドの差がリアルに家計に効く。
Greggsの朝
Greggsが混み合うのは朝だ。開店直後の7時台、出勤途中の人々がソーセージロールとコーヒーを買っていく。Greggsのコーヒーはレギュラーサイズで£1.80(約351円)。Pret A Mangerの£3.00〜£3.50と比べると半額近い。
この価格差はロンドンでは特に重要だ。Zone 1〜2のオフィス街で働く人にとって、月に20日Greggsで朝食を取ればPret比で月£30〜£40(約5,850〜7,800円)の節約になる。年間にすると£360〜£480(約7万〜9.4万円)。生活費が逼迫しているイギリスでは、この差額が「Greggsに行く理由」として十分に機能する。
日本人在住者にとってのGreggs
正直に言えば、Greggsの味は「素朴」だ。日本のコンビニ品質を知っている人には、パイ生地のラフさや具材のシンプルさが物足りないかもしれない。
だがGreggsの価値は味だけではない。£1.25でホカホカのソーセージロールを手に取り、通勤電車に乗る——その体験は、イギリスの日常に溶け込む最短ルートの一つだ。同僚との「Greggsどうだった?」という会話は、天気の話と同じくらい安全なコミュニケーションの入口になる。
主な参照: Greggs plc Annual Report 2024、British Retail Consortium ランチ消費調査、ONS消費者物価統計