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イギリスの牛乳配達——ガラス瓶が玄関に届く国の「静かな抵抗」

スーパーで牛乳が買える時代に、イギリスではまだ50万世帯以上がガラス瓶の牛乳配達を利用している。milkmanが朝5時に玄関に置く1パイントの瓶は、環境問題とコミュニティの象徴になった。

2026-05-10
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朝5時、玄関のドアステップにガラス瓶の牛乳が置かれている。昨日の空き瓶は回収されている。配達人の姿は見えない。この光景が、2026年のイギリスでまだ続いている。

スーパーのプラスチックボトル牛乳が1パイント(568ml)あたり60〜70p(約117〜137円)で買える時代に、配達牛乳は1パイントあたり95p〜£1.10(約185〜215円)。3〜4割高い。それでも英国内で50万世帯以上がこのサービスを使い続けている(Dairy UK推計)。

milkman——消えかけた職業の復活

1970年代、イギリスの牛乳の約94%が戸別配達だった。冷蔵庫が普及する前、毎朝届く新鮮な牛乳は生活必需品だった。

その後、スーパーマーケットの拡大と冷蔵庫の普及で配達率は急落。2012年には約3%まで落ち込み、milkman(牛乳配達人)は「絶滅寸前の職業」と呼ばれた。

ところが2018年ごろから潮目が変わった。BBCのドキュメンタリー「Blue Planet II」がプラスチック汚染問題を取り上げ、イギリス全土で「プラスチックを減らしたい」という意識が急速に広がった。

ガラス瓶の牛乳配達はプラスチックを使わない。瓶は回収・洗浄され、平均して25回以上再利用される。この事実が消費者に再評価され、配達の申し込みが増加に転じた。

最大手のMilk & Moreは2019年に新規申し込みが前年比25%増を記録。2020年のパンデミックでさらに加速し、在宅時間が増えた消費者が「玄関まで届くサービス」の価値を再発見した。

配達の仕組み

牛乳配達のシステムはシンプルだ。

Milk & More(milkandmore.co.uk)やローカルの牛乳配達業者のウェブサイトで、配達頻度(毎日・週3回・週2回など)と本数を指定する。朝7時までに玄関のドアステップに届く。空き瓶は洗って玄関に出しておけば回収される。

牛乳以外にもパン、卵、ジュース、バターなどの追加注文が可能で、ある種の「超ローカル宅配」として機能している。

支払いは月末まとめ払いが一般的。Milk & Moreの場合、全脂乳(whole milk)1パイントが£1.03(約201円)、半脂肪乳(semi-skimmed)も同額。オーガニック牛乳は£1.22(約238円)。

電気自動車と牛乳配達

milkmanの配達車両といえば、独特の小型電気自動車(milk float)が有名だ。最高速度は約25km/h。エンジン音がほとんどしないため、早朝の住宅街でも騒音にならない。

実はmilk floatは1960年代から電動だった。ガソリン車が主流の時代に、牛乳配達業界だけが電気自動車を採用していた理由は「Stop and Start(頻繁な停止と発進)を繰り返す配達には低速の電動車が最適だった」という実用的な判断だ。

EVが環境意識の象徴として注目される何十年も前から、milkmanは電気自動車に乗っていた。これはイギリス人が好む種類のジョークの素材になっている。

milkmanと高齢者ケア、在住者の利用

牛乳配達にはもう一つの側面がある。一人暮らしの高齢者にとって、milkmanは「毎朝様子を見に来てくれる人」だ。前日の瓶が回収されず残っていたら、何かあったかもしれない。milkmanの通報で倒れていた高齢者が発見された——というニュースはローカルメディアで定期的に報じられる。

日本人が利用するハードルは低い。Milk & Moreのウェブサイトで郵便番号を入れて申し込むだけ。ただしロンドン中心部のフラットでは共用エントランスに瓶を置けない場合がある。一戸建てやメゾネット向きだ。スーパーより高い。便利さならAmazon Freshの方が上。それでも、朝起きて玄関を開けるとガラス瓶が並んでいる——あの感覚は、イギリスの日常にしかないものだと思う。


主な参照: Dairy UK年間統計、Milk & More公式サイト、BBC「Blue Planet II」放送後の消費者行動調査、英国牛乳配達業界団体報告書

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