「うちの裏には建てるな」——NIMBYが英国に何も建たせない仕組み
英国で新しい家や施設の建設が進まない最大の理由は、地元住民の反対だ。NIMBY現象が住宅不足を悪化させる構造と、その背後にある制度設計を読み解く。
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英国は家が足りない。誰もがそう言う。新しい住宅をもっと建てるべきだ、という総論には大多数が賛成する。ところがいざ「あなたの家の隣に建てます」となると、反対の声が一斉に上がる。眺望が損なわれる、交通が増える、地域の性格が変わる——理由は尽きない。
総論賛成、各論反対。この「NIMBY(Not In My Back Yard=うちの裏庭には御免)」現象が、英国の住宅供給を根詰まりさせている。
反対する人に有利な制度
英国の都市計画制度は、新規開発に対して地元住民が意見を述べ、反対できる手続きを丁寧に用意している。住民参加という点では民主的だが、結果として「声の大きい反対者」が計画を止めやすい構造になっている。
開発で利益を得るのは、まだその町に住んでいない将来の住人——つまり、いま声を上げられない人たちだ。一方、反対するのは、すでにそこに住み、変化で不利益を被ると感じる人たち。制度は「いまいる人」の声を拾い、「これから来る人」の声を拾えない。この非対称が、開発を一方向に難しくしている。
経済学が説明する膠着
この現象は、利益と損失の分布で説明できる。新しい住宅が建つことの利益——住宅価格の安定、若者が住める場所の確保——は、社会全体に薄く広がる。一方、損失——騒音、眺望の変化、工事の不便——は、近隣住民に濃く集中する。
薄く広い利益のために動く人は少なく、濃く集中した損失を被る人は必死で抵抗する。だから組織化された反対が、拡散した賛成に勝つ。漁業の乱獲問題と同じ構造だ。みんなにとっての最善が、個々人の合理的な行動の積み重ねで実現しなくなる。
持ち家社会という土壌
NIMBYが特に強く働くのは、持ち家が資産の中心を占める社会だからでもある。多くの英国人にとって、家は最大の資産だ。その価値を脅かしかねない変化には敏感にならざるを得ない。
家を「住む場所」だけでなく「資産」として持つ社会では、住宅供給を増やして価格を下げる政策が、既存の持ち家層の利益と正面からぶつかる。住宅難の解決と資産防衛が、同じコインの裏表になっている。
在英日本人が知っておくと役立つこと
この構造は、住む場所を探すときに実感として効いてくる。人気エリアで新築が極端に少ないのは、しばしば開発がことごとく反対に遭ってきた結果だ。供給が増えない以上、価格も家賃も下がりにくい。
逆に、地元の反対が比較的弱く、再開発が進んでいるエリアは、新しい物件の選択肢が増え、相対的に手が届きやすいことがある。物件情報を見るときは、その地域でどれだけ新規開発が認められているかにも目を向けてみると、英国の住宅市場の「詰まり」がどこにあるかが見えてくる。